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Column

2016.11.1

特養への参入規制緩和に反対する

 

公正取引委員会が9月5日、介護分野の現状について調査・検討を行い、競争政策上の考え方を整理した調査報告書をまとめ、発表しました。
 
少子高齢化が進行する中で、年間約10万人の介護離職者や、15万人にも上る要介護3以上の特別養護老人ホーム(特養)待機者、更には低賃金等を原因とする介護人材の不足などが深刻な課題となっています。
 
こうした現状を踏まえ、公取は、(1)多様な事業者の新規参入、(2)公平な競争条件、(3)事業者による創意工夫の発揮、(4)利用者による適切な選択、の4つを柱とした提言を、報告書の形でまとめました。
 
公取の考え方の根本には、介護分野における活発な競争を促進することで、介護サービスの供給量が増加し、介護サービスの質・利用者の利便性が向上、また、事業者の採算性が向上することで、介護労働者の賃金増が図られ、人手不足の解消にもつながるというものがあります。
 

 「多様な事業者の新規参入」とは

 
報告書の中でも、特に焦点とすべきは、報告書の第一の柱である「多様な事業者の新規参入」、すなわち「医療法人や株式会社等が社会福祉法人と対等の立場で、特養開設に参入できるようにすること」とする提言です。
 
現在、老人福祉分野においては既に、在宅介護サービスをはじめ、老後の住まいである有料老人ホームやケアハウスについても株式会社の参入が可能となっており、その総量は特養を上回っています。
 
こうした居住系サービスでは担えない社会的役割を特養は有しています。単に低所得層であるというだけでなく、家族等、身寄りのない高齢者をはじめ様々な生活上の支援が必要な高齢者は多く存在します。
 
特養の設立は、市町村・地方独立行政法人、社会福祉法人に限定されていますが、それは契約による入居とは別に、行政の「措置」受託事務を間接的に課せられていることのあらわれでもあります。老人福祉法にも、市町村による措置の受け皿としての位置づけがなされています。
 
特養をはじめとする社会福祉事業を行う社会福祉法人にあっては、事業実施にあたっての出資は「寄附行為」に限られており、出資者に対する、いわゆる「持分」は認められていません。従って、配当を出すことも認められていません。この点では、利益を追求し、出資者に配当等の形で還元することを法人の存在意義とする株式会社等とは本質的に異なります。
 
株式会社は株主の利益の最大化を目的とする組織です。例えば、身体的にも精神的にも弱い立場の入所者を「寝かせきり」にして、機械的で画一的な「手抜き」サービスにより人件費コストを削減することも、ある意味では営利法人の本来目的にかなった、正しい運営と見なされる可能性もあります。
 
それは社会福祉法人でも同じことが起こり得るという反論もあるかもしれません。しかし、利益を配当等で還元する営利法人に対し、社会福祉法人は利益の還元の手立てがありません。例えサービスを切り詰めて収益を過剰に積み増したとしても、その余剰分は理事長ら経営陣にも、出資者にも還元されることはなく、単に法人の内部留保として蓄積されていくだけです。
 
もちろん、経営陣による私的流用や着服は認められていませんし、過大な報酬の原資にすることも許されません。内部留保は法人の解散時に国庫に帰属する、言わば公金です。そうであればサービスを切り詰めてまで利益を積み増そうというインセンティブが社会福祉法人の場合働きません。ここに、社会福祉法人の仕組みと営利法人のそれとの大きな違いがあります。
 

 事業の継続性

 
また、特養は寝たきりや認知症などの要介護高齢者のみを対象に介護サービスを提供するための専用の入所施設であり、こうした入所者を保護するため、その経営主体には、良質な介護サービスを長期間安定した形で提供し続ける保証と事業の継続性、言うなれば撤退の制限が求められます。このような性格は、障害者のための福祉施設など、他の入所型社会福祉施設と全く変わるところがありません。
 
仮に、法人経営等に事故があって継続困難となった場合も、社会福祉法人には、社会福祉事業の実質的な継続性を担保する観点から、一方的な事情による安易な退出は認められていないほか、事業廃止の場合にあっても残余財産を自由に処分することは認められておらず、同様の事業を行っている社会福祉法人に引き継ぐか、国庫に帰属させることになっています。
 
一方、株式会社等は利益を求めて場所を選ばず活動し、目的達成とともに事業を廃止する組織です。採算が合わなければ早期に市場から撤退することが株主利益の観点からも求められます。その場合、利用者にとっては、経営主体が変わるたびに経営理念、利用料、サービスの質等が変動する不利益を被ることになります。
 
むしろ本来、社会福祉政策というのは、国による救済措置、セーフティネットであり、市場論理に則って増減したり、撤退したりすることを許さない、国民の権利であるはずです。そこに競争の活発化を求めること自体、社会福祉政策の根本を見失った議論であると思います。
 

 介護職員の待遇悪化

 
特養運営においてコストの一番大きな割合を占めるのは人件費であるため、営利法人は利益の追求のため、ここに切り込まざるをえません。
 
従って、仮に特養への参入規制緩和を行った場合、ようやく改善の兆しが見えつつある介護職員の処遇改善に水を差すこととなるばかりか、人命を預かる特養における事件・事故を増加させるおそれがあります。
 
このことは、タクシー事業における事例からも明らかです。2002年、タクシー事業への新規参入において、(1)許可制から事前届出制に、(2)最低保持台数を60台から10台に、(3)営業所・車庫の車両は、所有でなくともリースでも可能となり、(4)導入車両は新車でなくとも中古車両でも可能とする大幅な規制緩和を行ないました。
 
しかし、タクシー台数が爆発的に増加したため、1台あたりの売上が減少、それに伴い乗務員の賃金も減少しました。距離数を稼ごうと無理が生じ、事故件数は増加しました。
 
結局、問題多発を受け、2013年にタクシー特措法を改正し、サービス向上と安心利用を推進するための台数調整を行なう再規制が課されることとなりました。公取が掲げる、活発な競争を促進することで、介護サービスの供給量が増加し、それにより賃金増、人手不足の解消がもたらされるというのは、根拠のない願望に過ぎないのではないでしょうか。
 

 地域の社会福祉を担う「公器」

 
今後少子高齢化は益々進展していきますが、地域によっては、高齢者人口が減少する地域も存在しています。市場原理によれば縮小する市場には参入する企業はありません。しかし、そこに住む人がいる限り地域の高齢者介護の需要がなくなることはありません。その際にも、地域の生活を支える事業体が必要であり、それが可能なのは市場原理から距離を置いた、高い公益性を具備した社会福祉法人に他なりません。
 
今や都市部と地方部では生活環境も行政サービスも全く異なっています。しかし、地方部であってもやはり、高齢者福祉、児童福祉、障害者福祉等の最低限必要となる福祉サービスは、国の責務として、国民の権利として担保されなければなりません。そこに市場がなくとも、国と社会福祉法人には地域の福祉を守りぬく使命と責務があります。社会福祉法人はまさに地域の社会福祉を担う「公器」です。
 
今般の社会福祉法改正による「地域公益活動」の義務化は、まさにその理念に沿ったものです。今考えるべきは、競争のストレスに社会福祉法人を晒すのではなく、少子高齢化が進展する中で、いかに格差のない地域の社会福祉を守っていくか、ということです。
 
私は今年の参議院選挙で「『長生きしてよかった』と実感できる社会保障」の実現を、公約の大きな柱の一つに掲げ、再選をさせていただきました。
 
「『長生きしてよかった』と実感できる社会」は、競争の激化によってもたらされるものではないと思います。この問題について引き続き、私はじっくりと、国政の場で議論して参りたいと思っております。

※ この記事は2016年10月25日の末松信介ホームページより転載

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