

最大10万円進呈! 有料老人ホームへの入居を希望する高齢者らに対し、そんな言葉を掲げた広告を見かけたことはないだろうか。
高齢者や家族にホームを紹介する一部の事業者が、いわゆる「入居お祝い金」をインセンティブに利用者を誘導する手法に、業界から疑問の声があがっている。
この問題について、LIFULL seniorの代表取締役・泉雅人氏に話を聞いた。泉氏は老人ホーム検索サイト「LIFULL 介護」などを手掛けながら、業界団体の「紹介事業者届出公表制度」の創設にも関わった。【Joint編集部】
◆ 揺らぐ本来の役割
−− 紹介事業者の一部が、入居お祝い金で高齢者・家族を集めていると聞きました。具体的にどんな仕組みがあるのでしょうか。

はい。一部にそうした事業者が存在するのは事実です。
よくあるのは、「このサイトから申し込むとお祝い金がもらえます」という手法です。サイト経由で実際に申し込んだことが確認できれば、利用者に数千円から数万円程度の金銭が支払われるケースが多いようです。
本来、紹介業はヒアリングの丁寧さや提案の質の高さで競争をするべきです。健全な競争が起きれば「紹介の質」が上がり、多くの人が自分に合った施設に入居することができます。ところが、お祝い金の魅力だけで利用者を集める事業者が競争で優位に立てるとしたら、これは紹介事業本来の意義・価値を損なう懸念があると感じます。
−− どのような問題・弊害が懸念されるのか、お考えを詳しく聞かせて下さい。
第一に、利用者の意思決定が歪められてしまうことです。本来であれば、入居後の暮らしの質を見据えてじっくり考えるべきはずの住まい選びに、「お金がもらえるかどうか」という尺度が入る可能性があります。
また、すでに他の紹介事業者から丁寧な支援を受けていたにもかかわらず、「お祝い金がもらえるから」と別の紹介事業者に切り替えられたという声も聞きます。お祝い金に惹かれる検討者のことは理解できますが、結果として、真摯に取り組んでいる事業者が損をしていく構造となり、業界全体の弱体化につながりかねません。
紹介事業者は、介護施設を探す人に適切な情報を届けて支援する、非常に重要な役割を担っています。この業界全体で本来の価値が弱体化することは、結果的に利用者の不利益につながります。
そもそも、入居お祝い金の元手は有料老人ホームが支払うお金です。その原資には多くの場合、公的な医療保険や介護保険の給付から得られた収益が含まれています。
つまり、入居お祝い金という、利用者の不利益を招いてしまう紹介会社本意の仕組みに、それらの収益が流れているという事実があります。
◆ まず自ら襟を正そう
−− どのような対策が求められるでしょうか?
理想を言えば、人材紹介事業のように、成約後のお祝い金の支払いに一定の規制をかけるべきだと思います。そうした声が出るのは至極当然ではないでしょうか。
ただし、民間のビジネスに国が直接的に厳しい規制をかけるべきかどうかは、個々の立場によって意見が分かれるところです。
そのため、有料老人ホームの紹介事業、情報提供事業に携わる者はみな、貴重な公的資金を一部でも使っていることを強く意識したうえで、倫理観を持って自律的に仕事にあたるべきです。制度で縛られる前に、率先して自ら襟を正す。それが業界の健全な発展につながると信じています。
◆ 自分たちが提供している価値は何か
−− 有料老人ホームと紹介事業者、双方のあるべき姿とは?
ホーム側は本来、情報発信などを自ら行って集客の成果を出すことが望ましいですが、リソースの問題もあって自力には限界があります。だからこそ、紹介事業者が中立的かつ専門的な立場から利用者の選択を支援する、という連携が必要です。
紹介とは、「人と住まいのマッチング」という非常にセンシティブな仕事です。私たちは、体が衰えていく高齢者を対象としているため、特に自覚を持たなければいけません。「この仕組みは誰のためにあるのか」「自分たちは何の価値を提供しているのか」。改めて問う必要があるのではないでしょうか。
このままだと、業界が疲弊したり信頼を失ったりする状況を招きかねません。有料老人ホームのニーズが拡大し、社会的な意義・関心もこれまでになく高まっている状況下で、紹介事業者、情報提供者一人ひとりの姿勢と倫理観が問われているのだと思います。
−− ありがとうございました。