ピアニストのエリート医師と敏腕ケアマネが奏でる在宅ケア その人らしさを照らす医療と介護の旋律
「正直、最初はちょっと変わり者かもしれないなと思いましたよ(笑)」
東京都や千葉県で居宅介護支援を展開する主任ケアマネジャーの田中紘太氏(株式会社マロー・サウンズ・カンパニー代表取締役)は、浅野涼氏のことをそう話して笑顔を見せた。【Joint編集部】
灘中・灘高から東大理Ⅲ(医学部)へ進み、ウィーン国立音楽大学でも研鑽を積んだ異色の経歴を持つ医師。まさにエリートの中のエリートと言える彼だが、選んだ活躍の場は大病院の手術室や大学の研究室、コンサルティングファームなどではなかった。在宅医療の現場だ。
「医療だけでは支えにくい『その人らしさ』も大切にしたい。患者さんが抱く希望や生きがい、その心の彩りに寄り添いたい」
そう語り、旋律と聴診器を武器に地域を走り回るピアニストの在宅医。彼に賛同して支える田中氏にインタビュアーを頼み、その熱意の原点や目指すビジョン、音楽・医療・介護が紡ぐ可能性を探ってもらった。

◆ 医学の限界と可能性
田中|先生と初めてお会いしたのは今から6年ほど前でした。最初は、「物腰が柔らかくて丁寧な診察をする先生だな」という印象でしたが、まさかここまで本格的にピアノにも取り組まれていくとは予想外でした。今や活動は全国規模になりました。
浅野|皆さんのおかげです。最初は江戸川区の小さな活動から始まりましたが、今では全国から呼んでいただけるようになりました。介護や障害福祉の施設、医療機関、そして自然災害の被災地なども含め、これまでに全国75施設ほどを訪ね、およそ6000人の方の前で演奏してきました。
でも、原点はここ江戸川区です。どう活動を広げればいいか分からない私に、田中さんが子ども食堂でピアノを弾く機会を紹介してくれたことがきっかけになりました。
田中|そもそも、東大を出てピアニストの顔も持ちながら、なぜ在宅医療の道を選ばれたんですか? 色々な選択肢があったと思うのですが。

浅野|学生時代の実習体験が大きかったですね。ある先輩医師に連れられて訪問診療へ行った時、その先生が検査データだけでなく、その人の生活の様子を丁寧に見ることで病状を的確に捉えていらっしゃったんです。
その姿に衝撃を受けました。病院とは違い、生活の場だからこそ見えてくるものがある。在宅医療ならではの面白さに惹かれたのがきっかけです。
田中|なるほど。「生活を見る」ということの奥深さは、私たち介護職も感じることが多々あります。そこに音楽が組み合わさったきっかけは?
浅野|これも学生時代の実習です。特別養護老人ホームに行ったらたまたまピアノがあって、職員さんに「30分ほど弾いてみませんか?」と言われたんです。私はそこで、みんなが知っている曲を弾いたり、イントロクイズをやったりしてみました。そうしたら、以前は退屈そうに座っていた利用者さんの目が、少しだけ輝いたんです。
医学で痛みを取り除くことはできますが、その先の「明日を楽しみにする心」を作るのは薬だけでは難しい。音楽の力を借りれば、もっと良い結果を生み出せるのかもしれない。そう思い至ったことが、これまでの活動の原点になっています。
【インフォメーション】 浅野氏は3月15日に「浅野涼ピアノリサイタル~出会いを、ピアノで~」を東京都・江戸川区の「タワーホール船堀大ホール」で開催する。詳細はこちらから。
◆「ダメ」と言わない医療
田中|浅野先生の診察に同行していて感じるのは、患者さんの生活習慣を頭ごなしに否定しないな、ということです。例えばタバコやお酒であっても、最初から「絶対ダメ」とは言いませんよね。介護職の私としても、そこは共感するところが大きいんです。
浅野|そうですね。もちろん、いつも医学的なリスクはきちんと説明しています。
ただ、在宅は病院と違って「生活と向き合う場」です。本人がリスクを承知の上で、「自分の好きなように食べたり飲んだりしたい」と言うのであれば、私はその方の価値観や人生観を尊重したい。
「あれもダメ、これもダメ」と制限するだけでは、必ずしも十分とは言えません。本人の希望を汲み取り、生きがいやささやかな楽しみを蔑ろにすることなく、最期までその人らしく過ごせるようにサポートしていく。それも在宅医の役割ではないでしょうか。

田中|まさに生きがいやささやかな楽しみの支えとして、先生のピアノの演奏が大きな役割を果たしていると思います。これまでに印象に残っている患者さんには、どんな方がいらっしゃいますか?
浅野|もちろんたくさんいるのですが…。そうですね、ある末期がんの50代の患者さんのことは忘れられません。「半年後の先生のコンサートに行くまでは頑張る」と言って、それを生きる目標にしてくださった。実際に会場に来てくれた時は感無量でしたし、お互いに手を取り合って健闘を称え合ったことが心に残っています。
田中|看取りの現場でも音楽の大きな力を感じることがあります。
浅野|以前、ベッドの上で最終段階を迎えた患者さんの枕元で、その方が好きだった曲を鍵盤ハーモニカで弾かせていただいたことがありました。ご家族が見守る中で、メロディが流れると患者さんがふっと反応されて…。
亡くなられた後も、そのご家族とはコンサートなどを通じて交流が続いています。医療的な関係は終わっても、音楽を通じて心のつながりは続いていく。これは私にとって何よりの喜びです。私たち在宅医には、もっともっとできることがあるのではないかと感じています。
◆ 関係者が集う「大人の文化祭」
田中|コンサートの開催も、今では地域の医療・介護関係者など仲間が多く集まるようになりました。
浅野|本当にありがたいことです。田中さんをはじめ、地域のヘルパーさんや看護師さん、薬剤師さん、外部の業界の方も来てくださいます。皆さんが手弁当で運営を支えてくださっているからこそ、活動が続けられていると思います。
田中|コンサートの日は、職種を超えた「大人の文化祭」みたいになりますよね。そこで顔なじみになると、翌日からの医療・介護現場での連携も自然とスムーズになります。「顔の見える関係」を築くのは言うほど簡単ではないですが、そうした良いネットワークをつくる機会にもなっていると思います。

浅野|そうなんです。医療・介護現場では、職種は関係なくみんなでフラットなチームとなることが大切ですよね。そうした関係づくりにもつながれば理想的で、好循環を生み出すことになるはずです。近く、取り組みを更に展開するためのNPO法人を設立したいと計画しています。これにより、活動の信頼性や透明性、健全性を高められ、継続性も確保していけると考えています。
田中|最後に、この記事を読んでいる介護現場の皆さんへメッセージをお願いします。
浅野|いつもお疲れ様です。皆さんの日々の温かなケアこそが、すでに多くの人の心に寄り添い、救いとなっているはずです。職種の垣根を越え、今後もこうした活動を長く続けていければ、これほどうれしいことはありません。
田中|私も「変わり者」なんて言わずに、これからも先生の活動を全力で支えていきます。今日はありがとうございました!
【インフォメーション】 浅野氏は3月15日に「浅野涼ピアノリサイタル~出会いを、ピアノで~」を東京都・江戸川区の「タワーホール船堀大ホール」で開催する。詳細はこちらから。

浅野涼|京都府出身。灘中、灘高を経て東京大学医学部医学科卒。アジア国際音楽コンサート銀賞。ショパン国際ピアノコンクール in Asia 全国大会銀賞。ウィーン国立音楽大学にてトーマス・クロイツベルガーのマスタークラスを学費全額免除で修了。その他コンクール入賞多数。現在は医師として在宅診療や緩和医療に携わりながら、病院や高齢者福祉施設、障がい者支援施設、子ども食堂、支援学校などでの訪問演奏会を精力的に行っている。
田中紘太|東京都出身。株式会社マロー・サウンズ・カンパニーを2011年に創業。居宅介護支援のみを展開する企業としては国内最大級の規模に事業を成長させた。主任介護支援専門員。厚生労働省の検討会や調査・研究事業などに多数参画。第一線の経営者・介護支援専門員として講演活動なども勢力的に展開中。









