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2025年10月23日

離職率ゼロ実現|残りたくなる介護現場の設計図 人材定着の王道を行く特養「博水の郷」

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《 特別養護老人ホーム「博水の郷」》

去る理由を摘み、残る理由を実らせる。離職を防ぐのではなく、定着をデザインする姿勢が成果につながる。【Joint編集部】

◆「選ばれる職場であり続けるために」


東京都世田谷区の特別養護老人ホーム「博水の郷」は、およそ2年間にわたり正規職員の「離職率ゼロ」を実現した(*)。背景には、待遇・育成・キャリア・業務設計・環境整備を束ねる多層的な施策と、「任せて支える」組織運営の哲学がある。

* 2022年9月1日から2024年8月31日まで正規職員の離職者ゼロ。

《 介護職のリーダークラスを担う岩永真祐係長(右)と佐藤大介係長(左)》

「たとえ今が深刻な状況でないとしても、明日はどうなるか分からない。選ばれる職場であり続けるためには、常に働きやすさの具体化を重ねていく必要がある」。


人手不足が一段と厳しくなる今後を見据え、リーダークラスの職員の岩永真祐係長はこう話した。その取り組みは業界で高い評価を得ている。東京都社会福祉協議会らの今年度の研究総会(アクティブ福祉 in 東京)で、「博水の郷」は働きやすい職場環境づくりの優秀賞を受けた。


◆ 人材定着の多層的アプローチ


具体策は多岐にわたる。まずは待遇面。介護報酬や補助金など国から得られる財源は、できる限り職員に還元する方針を貫く。「博水の郷」の田中美佐施設長は、「公の財源は現場に還元するのが筋」と説明する。

《「博水の郷」・田中美佐施設長 》

次は育成面。新人にはエルダー(担当の先輩職員)がマンツーマンで伴走し、独り立ちができるようになるまでの半年から1年を、メンタル面も含めて手厚くサポートする。到達目標やチェックリストなど、職場内の共通フォーマットで個々の成長度を可視化。日々の気軽なコミュニケーションも重視する。


リーダークラスの職員の佐藤大介係長は、「一人ひとりの得意・課題を拾い上げ、迷いや悩みを減らす仕組み。僕達(先輩職員)の成長にもつながる」とうなずいた。


キャリア形成の支援にも余念がない。未経験の新人に対して、実務者研修→介護福祉士の概ね3年間のルート標準化している。


実務者研修は法人主催。オンライン学習と施設内実技を組み合わせ、受講費も助成する。国家試験の受験費は、回数制限なく法人が負担。合格に向けた勉強会も開催する。「取得した資格には手当を付け、次の一歩を後押しする」という。

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日々の研修にも力を入れている。施設内の各種委員会と連動して、毎月の研修を定例化。おむつメーカーのアドバイザーや歯科衛生士ら外部講師を招き、口腔・排泄ケアなどの最新の知識・技術を学んでいる。


岩永真祐係長は、「業務上の迷いや不安の軽減につながるよう、壁にぶつかりやすい領域ほど、専門家の知見を取り入れるようにしている」と述べた。


◆ 施設をよくする王道

《 特別養護老人ホーム「博水の郷」》

このほか、働きやすい職場環境を整えるための取り組みは多く、今なお試行錯誤を重ねている。


居室の清掃や洗濯などは外部委託に任せ、介護職が利用者へのケアに集中できる体制を固めた。人員配置は約1.9対1と手厚く運用。約10人の看護師を確保し、夜間のオンコールも基本的に内製化している。「看護師さんに気軽に相談できる体制があるのは、安心感につながる」。介護職からはそんな手応えが返ってくる。


休憩室では職員向けに各種の無料ドリンクを提供。施設への寄付品は1つにまとめ、全職員を対象としたビンゴゲームで公平に、遊び心を持たせて還元しているという。

《 特別養護老人ホーム「博水の郷」》

コロナ禍で中断した年中行事は、以前を上回る頻度に拡大させた。季節の催しや外出、イベント食、入浴の趣きの変化など、施設の生活に非日常の楽しみを編み込む。居室担当が利用者との対話からニーズを拾い、実現へつなげる。


準備など大変なことも少なくないが、佐藤大介係長はこう指摘した。「やっぱり利用者の笑顔が職員のモチベーションになる。“やりたいケアをできる職場”にすることが、施設を良くする王道なのかもしれない」。


全ての職員が年2回、上司と個別に面談する。実態は「愚痴の吐き出しが多い」そうだが、それにも大きな意味を感じている。


「1人で不安・不満を抱え込ませないことが大切」。有休取得の促進、残業の抑制、部署ごとの食事補助など、日々求められる施策も忘れず積み上げている。

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◆「離職率ゼロ」は通過点


法人の哲学は明快だ。「やりたいことがあるのなら、まずは信じてやらせる」。田中施設長も職員を信頼して任せる姿勢を徹底している。

《 特別養護老人ホーム「博水の郷」》

岩永真祐係長も、「失敗が出たら教えた側の責任という構えで、怒るより学びに変えていく」と語った。新人が発する多様な意見は、係長・課長・部長などチーム全体で受け止めて、個人レベルで抱え込ませない。


「厳しい時期を一緒に乗り越えたことで、一体感が生まれた面もある」。コロナ禍の窮地が後の結束につながり、離職率はついにゼロに到達した。「風通しの良い職場を維持することが大切。変化には常にアジャストし、早期のシグナルを見逃さない」。田中施設長は前を向いている。


高いレベルの人材の確保・定着は、待遇だけでも理念だけでも描けない。「離職率ゼロ」はあくまで通過点だ。職員が働きやすい環境は、そのまま利用者の安心・安全につながる。未来の成果は、次の一手をやめない組織にのみ宿る。


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