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2022.12.19 》

【必見】介護施設の食事提供、物価高・人手不足で長い“冬の時代”に コストを抑えて質を高める戦略

高齢者施設の「食」をめぐる環境が厳しさを増している。深刻な人手不足、それに伴う人件費の膨張は今に始まったことではないが、ここへきて光熱費や食材費などの高騰が追い打ちをかけた。価格転嫁が容易でないという制約のなか、入居者が期待する質の維持・向上が難しくなってきている。【Joint編集部】


内外の情勢は不安定なままで、今のコスト増を一時的な変化とみるのは楽観的すぎる。今後、事業者には一層の経営努力が求められていくはずだ。どんな手を打てばいいか探った。

《 社会福祉法人「慶生会」の施設「称揚苑」》

まずは現場の声を聞くため、社会福祉法人「慶生会」を訪ねた。大阪を中心に施設・居住系サービスを幅広く展開しており、質の高いサービスや先進的な取り組みで知られる関西の有力法人だ。話を聞かせてくれたのは、施設横断的に食事提供を担当している管理栄養士の玉木裕美次長。今どんな悩みを抱えているのだろうか。


◆「物価高騰、正直かなり痛い」

  −− 高齢者施設で提供する食事について、どんなところに気をつけていますか?

《 玉木裕美さん 》

食事の質には法人全体として力を入れています。健康面はもちろんですが、やっぱりできるだけ美味しいものを食べて頂きたい。シンプルですけどすごく重要なことではないでしょうか。


私は特に、“四季を感じられる食事”を大切にしています。施設内で長く暮らすと季節感が薄れることも少なくないので、そこを意識して食材・献立を調整しています。例えば節分や七夕、クリスマスなどのイベントも、できるだけ盛り上がるように取り組んできました。


  −− 課題に感じることはありますか?


それは沢山ありますが、やっぱり人手不足には常に悩まされています。委託給食で食事を提供しているのですが、その職員が足りず私達が厨房に入らなければいけない時もあるくらいで…。新たな職員が入っても、定着せずに辞めてしまうケースは珍しくありません。


お盆やお正月など、帰省シーズンのやりくりもかなり苦労しています。厨房は職員の高齢化も進んでおり、状況は年々厳しくなっていると感じます。

《 社会福祉法人「慶生会」の施設 》

  −− 昨今の物価高騰の影響は受けていますか?

それはもう、ものすごく受けています。食材の単価がはっきりと上がりました。価格の安いものに変えるなど、献立の工夫を求められることが多くなっています。例えば「この魚の回数を減らして欲しい」など、具体的に要請するケースも増えてきました。既に使う食材に制限をかけるところまできているんです。


光熱費も昨年と比べて大幅に上がっていて…。正直かなり痛いです。節電などもしていますが、高齢者施設ですから限界があると言わざるを得ません。


  −− やはり厳しい状況のようですね。

《 玉木裕美さん 》

委託給食の業者さんも、仕入れの方法を見直すなど色々と工夫をしてくれています。それでも、コスト増に伴う値上げの話が出てきました。利用者さまからは徴収できないので、今は施設側の負担でなんとか耐えるしかないなと思っています。


やっぱり食事ってとても重要なものですから、安易にその質を下げることはできません。色々と工夫をしていくしかないのですが…。最近ではもう、現場の地道な努力だけではどうにもならないところまで来ているのかな、と率直に感じます。季節ごとのイベント食にも既に影響が及んでいるんです。

  −− イベント食はどう変わりましたか?

利用者さまのお楽しみですから、同じく明らかに質を下げるようなことはしていません。ただ、少しお手軽なものにしたり回数を減らしたりすることは増えました。

《 社会福祉法人「慶生会」の施設 》

以前は旬の食材をふんだんに使った特別メニューなども出していたのですが、今はそれも難しくなりました。食事の内容は普段と同じで、例えば盛り付けに重箱を使っていつもと違う特別感を演出する、ということもあります。1人1個だったショートケーキのイチゴも、半分になったり4分の1になったりしています。


どうしてもやむを得ない状況とはいえ、とても残念で寂しいことではないでしょうか。本当にこれでいいのかな、と疑問に思います。現場にできることは限られていますが、私達はなるべく明るい雰囲気を作って楽しんで頂けるよう心がけています。


  −− ありがとうございました。


◆ コスト増、長期化する懸念

今後、こうした厳しい状況は徐々に改善へと向かうのか。介護経営の専門家に先行きの見通しを伺うため、全国介護事業者連盟の斉藤正行理事長の事務所を訪問した。


  −− 高齢者施設の食事提供について、人手不足の深刻さをどう捉えていますか?

《 全国介護事業者連盟・斉藤正行理事長 》

人手不足は介護現場に限った話ではありません。今後、現役世代の急減に伴いどの業界でも一段と厳しくなるはずです。その中で介護分野は、サービスのニーズがまだまだ増えていくという特徴を持っていますよね。他の業界よりも更に人手不足が深刻化する見通しで、事業者は一段と厳しい競争にさらされることでしょう。


  −− 人件費について、足元の動向と今後をどうみていますか?


人手不足が深刻なこと、最低賃金が上がっていることなどを背景に増加傾向が続いてきました。人材の紹介・派遣のサービスを使う事業者が多く、これもコストを増やす要因になっていますよね。人手不足はますます深刻化していくので、今後は人件費の高騰も更に顕著になっていくと懸念しています。

《 社会福祉法人「慶生会」の施設 》

  −− 物価高騰の動向、今後はいかがでしょうか?


例えば光熱費は、どの施設も昨年より2割から3割ほど増えています。確実に利益を圧迫していると言わざるを得ません。


足元で非常に厳しい状況にあるわけですが、このまま長期化していくことも十分にあり得るでしょう。海外情勢など不透明な部分も多いですが、少なくとも事業者は長期化を想定しておかなければいけません。食材費の高騰も、今の状況がすぐに解消へ向かうことは考えにくいのではないでしょうか。


  −− 公的な支援には期待できそうでしょうか?


もちろん国も、できる限りのことをしようと尽力してくれています。ただ、やはり過度な期待は禁物と言わざるを得ません。


既存の国の支援策をみても、事業者の膨らんだコストを全て補完するものになっているかというと、必ずしもそうではありません。政府は今後も追加的な施策を検討していくはずですが、財政の厳しさもあって大盤振る舞いはできないのではないでしょうか。

《 全国介護事業者連盟・斉藤正行理事長 》

介護報酬についても、同様に大幅なプラス改定などは見込めません。利益率が低下した今の状態はしばらく続いていく、と捉えるのが堅実な見方だと思います。

  −− 事業者に求められることは何ですか?


食事の質を維持・向上させながら、業務の効率化や職員の負担軽減を実現することが一段と重要になっていくでしょう。既に様々な試行錯誤が行われています。事業者がそれぞれ、個々の実情を踏まえて最適な形を追求していく努力が絶対に欠かせません。その際、食事を通じた栄養改善、自立支援・重度化防止の視点も考慮に入れるべきだと考えます。


  −− ありがとうございました。


◆ 関心が高まる“食の個別化

高齢者施設の事業者には今後、具体的にどのようなマネジメントが求められるのか。著名な介護経営コンサルタントの小濱道博氏に考えを聞いた。


  −− 食事提供のコスト増に悩む高齢者施設が増えています。

《 小濱道博氏 》

今は事業者の踏ん張りどころでしょう。簡単に食事の質を下げるわけにはいきません。高齢者にとっては口から食べる行為が非常に大切で、栄養改善、自立支援・重度化防止の取り組みも以前より重要性が増してきています。


  −− 高齢者施設はどんな手を講じるべきでしょうか?


効率化などコストを抑える努力はもちろんですが、同時に“食事の差別化”を図ることが大事ではないでしょうか。最近は事業者間の競争が激しく、入居者を集めることが一段と難しくなっています。入居者紹介の業者を使う施設も以前より多くなりました。


他施設との違いを打ち出し、「この施設に入りたい」と思う人をどう増やしていくのか − 。コスト面とあわせてこれを考えることが、何より大切だと思います。入居者紹介の業者をあまり使わない経営ができるようになれば、浮いた予算を他へ回すなど施策の幅も大きく広がるでしょう。

《 社会福祉法人「慶生会」の施設 》

  −− どのような視点から食事の差別化を図れば良いのでしょうか?


そこは個々の事業者が創意工夫を発揮すべきところなのですが、トレンドの1つは“個別化”です。


毎日ではなくても、個々の入居者が気分でメニューを選べる機会を増やすということです。その方が美味しく感じますし、何より楽しく、満足度が上がるでしょう。嫌いなものを避ける余地が広がる、というメリットもあります。「和食or中華or洋食」など、一般的な食堂の様に選べる機会を大幅に増やせれば、その施設にとって非常に大きな武器となるはずです。これをうまく実現しているところは、まだそれほど多くありません。

《 高齢者施設の食事メニュー 》

  −− 確かに魅力的な話ですね。


美味しいものを提供することはもちろん大切ですが、入居者の日々の希望に応えるという視点も同様に大切です。団塊の世代が年齢を重ねていく今後は、高齢者像も大きく変わっていくことになるでしょう。そうした発想の施設の方が、ますます喜ばれるようになっていくと考えています。


従来通りの画一的なメニューでなるべく美味しいものを出す、ということにこだわる選択肢を否定するものではありません。ただ、人手不足やコスト増などで今後は難しさが更に増していくと思います。

《 社会福祉法人「慶生会」の施設 》

  −− 個別化の方がコストが嵩むように感じます。


必ずしもそうとは限りません。有望な施策の1つとして、完調品のお弁当やお惣菜、冷凍食品などをうまく活用する方法が関心を集めています。これなら毎日とはいかないまでも、複数のメニューを用意しやすくなるでしょう。


今は技術革新により、完調品などの質が以前よりかなり改善されてきました。スーパーやコンビニの冷凍食品などを食べて、皆さんも実感しているのではないでしょうか。完調品などの活用は、イベント食の質を維持する、バリエーションを増やす手法としても注目が高まっています。

《 小濱道博氏 》

  −− 職員の業務負担が増えるのではないでしょうか?


現在、多くの施設が最適な形を模索しているところです。状況の厳しさを勘案すると、ただ無策でいるのだけはいけません。色々な方法を未来志向で試すべき時期だと捉えています。


当然ですが重要なのは、食事の質、コスト、人件費、業務負担などのバランスを戦略的に考えることでしょう。従来通りの厨房を維持していくのもいいですし、厨房の人材に介護助手として活躍してもらう道もあり得ます。食事の個別性を高める効果、入居者紹介の業者に支払う報酬なども重要な要素となるはずです。


コストの膨張に歯止めをかけ、利用者にも職員にも選ばれる施設となるためのより良い仕組みのあり方を、これを期に個々の事業者がじっくり検討すべきではないでしょうか。


  −− ありがとうございました。

《 社会福祉法人「慶生会」の施設 》

三井物産株式会社は現在、高齢者施設向けの弁当・配食のECサイト「このいろ」を運営している。総合商社の強みを活かし、冷凍の弁当や惣菜、デザート、おやつ、イベント食、栄養補助食、備蓄食など、複数メーカーを横断する幅広い商品ラインナップを用意。施設の実情に応じたタイミングで、必要なものを必要な数だけネットで注文できる点が大きなポイントだ。

※「このいろ」はこちらから↓

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朝食だけ、週末だけ、連休シーズンだけなど、現行の体制を補う形でスポット的に活用する施設が多い。利用者の満足度を高められることに加えて、厨房職員の負担軽減や職場環境の改善、人材確保にも役立てられる。コロナ禍で職員が出勤できない時の代替策として使うケースや、利用者の食べたいものを個別に取り寄せるために使うケースなどもある。

食事提供の質の維持・向上と効率化に課題を感じている高齢者施設であれば、一度検討してみる価値があるはずだ。三井物産は全国の介護事業者に対し、「まずはお気軽に何でもご相談下さい」と呼びかけている。

※「このいろ」はこちらから↓

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社会福祉法人「慶生会」の管理栄養士、玉木裕美次長に「このいろ」のお弁当、お寿司などを試食してもらった。

《 玉木裕美さん 》

  −− 試食した感想をお聞かせ下さい。


冷凍のお弁当は電子レンジでそのまま温められるので便利ですね。メインのハンバーグやお魚も、ふっくらして美味しかったです。味も薄すぎず濃すぎず、丁度良いと感じました。


私の一番のお気に入りは冷凍てまり寿司。見た目がかわいくて楽しさがありますし、酢飯の風味がしっかりあって美味しかったです。電子レンジで解凍した後もご飯が柔らかく、お寿司の良さが失われていないところがいいですね。一緒に食べた副施設長やチーフとは、利用者さまのお誕生日やイベント時などに使うことも考えようという話になりました。

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