社会福祉法人津山福祉会 特別養護老人ホーム高寿園 Solution課長 野尾徳子氏
本記事は、2025年10月3日に開催された「科学的介護フォーラム’25 in 大阪」におけるハカルトコミュニティオフ会での野尾徳子氏のご登壇内容を基に作成しています。

◆ 導入の背景
岡山県北部、津山市に位置する特別養護老人ホーム高寿園。1981年の開設以来、地域の高齢者福祉を支えてきた同施設は、2015年10月にユニット型特養として全面移転を果たしました。
しかし、新たな施設での運営をスタートさせたとき、目の前には大きな課題が立ちはだかっていました。
「津山市は人口減少が進む地域です。若い世代が都市部に流出し、介護人材の確保は年々厳しくなっていました」と語る野尾氏。全国的な人材不足の波は、地方の介護施設にとってより深刻な問題でした。
新施設への移転を機に、より効率的で持続可能な運営体制の構築が急務となりました。そこで同施設が着目したのが、「業務の可視化」によるDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進でした。

◆ 現状把握の第一歩|タイムスタディによる業務可視化
高寿園が最初に取り組んだのは、ハカルトを活用したタイムスタディでした。
「まず現状を正確に把握しなければ、何から改善すべきか判断できません。職員一人ひとりがどの業務にどれだけの時間を費やしているのか、どの時間帯に業務が集中しているのか、データで見える化することから始めました」
タイムスタディの実施により、以下のような具体的なデータが明らかになりました。
◯ 業務が集中する時間帯:朝と夕方の排泄ケア・食事介助に業務が偏っていること
◯ 職員個々の負担量:同じ職種でも個人によって業務負担に大きな差があること
◯ 間接業務の多さ:記録や申し送りなど、直接ケアに関わらない時間が想像以上に多いこと

「数字で見ることで、感覚的に感じていた課題が客観的に浮き彫りになりました。特に夜間の排泄ケアの負担が大きく、職員の身体的負担が限界に近いことが分かりました」
※ こうしたタイムスタディの取り組みは、政府の今年度の補正予算案に基づく補助金の要件にもなっているなど、制度対応の観点からも欠かせないものとなっています。
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◆ データに基づく目標設定と施策の実行
タイムスタディで得られたデータをもとに、高寿園は明確な4つの目標を設定しました。
1. 介護リフトの導入による身体負担の軽減
移乗介助は職員の腰痛や身体的疲労の最大の原因でした。介護リフトを全面導入することで、複数名での移乗介助をなくし、一人でも安全に介助できる体制を構築しました。
2. 見守りセンサー等ICT機器の活用
リアルタイムで入居者の状態を把握できる見守りセンサーを導入。音声入力による記録システムやスケジュール管理ツールも活用し、情報共有の漏れをなくしました。
3. 生活支援スタッフの配置
清掃や配膳など、専門性を必要としない業務を担当する生活支援スタッフを配置。介護職員が直接ケアに集中できる時間を確保しました。
4. OJT時間の確保
標準化されたケア手法を新人職員に伝えるOJT(On-the-Job Training)の時間を意識的に確保。生活支援スタッフのサポートにより、先輩職員が指導に専念できる環境を整えました。
「これらの施策は、すべてタイムスタディで得られたデータに基づいています。勘や経験だけでなく、客観的な数字をもとに優先順位をつけたことが、成功の鍵だったと思います」

◆ 1年後の検証|数字で証明された効果
ICT機器や介護リフトを導入してから1年後、高寿園は職員38名を対象にアンケートを実施しました。その結果は明確でした。
職員の声
◯「複数名での移乗介助がなくなり、記録入力も音声でできるようになって本当に楽になった」
◯「事故やミスが減少し、安心して業務に取り組めるようになった」
◯「アクティビティの時間が増え、入居者の方々とのコミュニケーションも深まった」
数値による効果も顕著でした。再度タイムスタディを実施したところ、次のような改善が確認されました。
具体的な成果
◯ 夜間排泄ケア時間の削減:見守りセンサーにより適切なタイミングでケアができるようになり、無駄な巡回が減少
◯ 業務のメリハリ化:間接業務の時間が削減され、直接ケアに充てる時間が増加
◯残業時間の減少:業務効率化により、職員の労働時間が適正化
「再測定することで、改善の効果を数字で証明できたことが大きかったです。職員も『確かに楽になった』という実感を持てるようになりました」
◆ 継続的改善の仕組み|生産性向上委員会の設置
高寿園の特徴は、一度の改善で終わらせず、継続的なPDCAサイクルを回している点にあります。
同施設では「生産性向上委員会」を設置し、月次でモニタリングを実施。タイムスタディを定期的に行い、新たな課題の発見と改善策の立案を繰り返しています。
「DXは導入して終わりではありません。技術やツールは進化し続けますし、職員の習熟度も変化します。常にデータを見ながら、より良い方法を模索し続けることが重要です」
この継続的な取り組みにより、組織全体に好循環が生まれました。
好循環のサイクル
1. 業務効率化により職員の負担が軽減
2. 職員のスキルアップとモチベーション向上
3. ケアの質が向上し、入居者のQOLも改善
4. 働きやすい環境により離職率が低下
5. 採用コストの削減と組織の安定化
◆ 経営面での効果|持続可能な施設運営の実現
業務改善は、職員の働きやすさだけでなく、経営面でも大きな成果をもたらしました。
経営指標の改善
◯ 残業時間の削減:時間外労働が減少し、人件費の適正化を実現
◯ 有給取得率の向上:計画的な休暇取得が可能になり、職員満足度が向上
◯ 離職率の低下:働きやすい環境により、職員の定着率が大幅に改善
◯ 採用コストの削減:離職率低下により、新規採用や教育にかかるコストが削減
「人材不足の時代だからこそ、今いる職員が長く働き続けられる環境を作ることが、最大の経営戦略だと考えています」
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◆ 生産性向上の真の意味
高寿園が目指す「生産性向上」は、単なる効率化ではありません。
「生産性向上とは、ケアの質を高めることと、職員が働きやすい環境を作ること、この両方を同時に実現することだと考えています」
介護リフトやICT機器の導入により、職員の身体的・精神的負担は軽減されました。しかし、それは決して「楽をする」ためではありません。負担軽減により生まれた時間とエネルギーを、入居者とのコミュニケーションやアクティビティの充実に充てることで、ケアの質そのものが向上したのです。
「入居者の方々の笑顔が増え、職員も笑顔で働けるようになりました。これこそが、私たちが目指していた姿です」
◆ 全国のモデル施設として
高寿園の取り組みは、全国のモデル施設としても注目を集めています。地方の人口減少地域という厳しい環境の中で、データに基づく業務改善とDXの推進により、持続可能な施設運営を実現した事例として、多くの施設から視察や問い合わせが寄せられています。
「私たちの事例が、同じような課題を抱える施設の皆様の参考になれば嬉しいです。特別なことをしているわけではありません。現状を正確に把握し、データに基づいて改善策を実行し、その効果を検証する。この基本を愚直に繰り返しているだけです」
◆ まとめ
社会福祉法人津山福祉会 特別養護老人ホーム高寿園は、タイムスタディによる業務可視化を起点に、介護DXを推進し、「ケアの質」と「働きやすさ」の両立を実現しました。
データに基づく客観的な現状把握、明確な目標設定、適切な技術導入、そして継続的な改善サイクル ー 。これらの要素が組み合わさることで、人材不足という厳しい環境下でも、持続可能な施設運営が可能になることを証明しています。
「介護現場でのDXは、決して職員を減らすためのものではありません。職員がより人間らしく、入居者の方々と向き合える時間を作るためのものです」
という野尾氏の言葉は、これから介護DXに取り組む全ての施設にとって、重要な指針となるでしょう。
【施設情報】
社会福祉法人津山福祉会 特別養護老人ホーム高寿園
所在地:岡山県津山市下高倉西1581-1
開設:1981年(2015年10月ユニット型特養として全面移転)
受賞歴:令和7年介護職員の働きやすい職場づくり厚生労働大臣奨励賞、おかやまDX経営力大賞 優秀賞
ホームページ:https://www.kojuen.jp/
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