【結城康博】使命感の時代の終焉 広がる苦渋の利用者選別 介護職を守れない経営は行き詰まる
6月に介護報酬の臨時改定が実施される。今回も「処遇改善加算」が拡充されるが、介護職の賃金はわずかに1万円から1.9万円しか上がらない。政府は最大で「1.9万円の賃上げ」と謳うが、そのうち0.2万円は事業者の定期昇給分をあてにしている。【結城康博】
他産業に目を向けると、今年の春闘でも5%前後の賃上げの実現が確実視されている。このところ毎年のように高水準で、介護業界との賃金格差は縮まるどころか広がる恐れすらある。
◆ もう国は信用するな!
政府の介護政策は今なお対症療法にとどまっている。人材難など介護現場の深刻な状況を好転させる気配すら見えてこない。
ケアマネジャーの資格制度の見直しもその一例だ。厚生労働省は更新制を廃止するものの、一定の研修を受講しなければ業務を続けられないルールは変えなかった。
国の介護政策は後手後手で、本当にやる気があるのか疑わしい。もはや「アリバイづくり」に過ぎないのではないか。私は最近そう考えている。このことは、多くの介護現場の関係者と共有できるのではないだろうか。
いま、介護経営者はジレンマに陥っている。地域ではサービスを必要としている高齢者が目の前に大勢いる。こうした高齢者をなんとか支えていかなければいけない、と必死に踏ん張っている事業所が多い。
言うまでもなく、法令遵守の徹底は大前提だ。介護報酬の加算の取得などに、事業所ができるだけ努力していくことも非常に大切だろう。
しかし、国の介護政策を信用してはいけない。介護経営者は自己防衛のために、どうすれば自分たちの事業を維持・継続できるかを考えるべきだろう。何より大切なのは介護職を守ること。それがきっと、より多くの高齢者の生活を支えることにもつながるはずだ。
◆ もはや時代は変わった
この上なく、極めて残念ではあるが、これからは介護事業者が利用者を選別する時代になるだろう。セクハラ・カスハラなど問題のある利用者とは契約を結ばない、続けない。そんな事業所が増えるはずだ。私も、そうした方針をとる介護経営者の方が長く生き残れるだろうと考える。
今の介護現場は一部を除いて正義感が強く、利用者のために尽力したいと志す介護経営者は多い。多少のハラスメントがあっても、「サービスをやめてはいけない」という使命感で対応し続けているケースは珍しくない。
しかし、こうした介護経営者も考えを改める時が来たのではないだろうか。
介護保険制度が発足した当初はよかった。需給バランスが供給側に偏っていたことから、介護現場にも多少の余裕があった。ただ、今は状況が全く異なる。もはや時代が変わってしまった。
自分の使命感に基づき、ハラスメントなど問題のある利用者を積極的に受け入れるようなことを控え、ハラスメントなど問題のない利用者と優先的に契約を結んでいく。これで大切な介護職を守り、介護現場の負担感を和らげることが問われている。
◆ すべての高齢者は救えない
国の介護政策が抜本的に転換されることなどがない限り、高齢者全員を支えることはできない。これは単純な計算で、介護職が圧倒的に足らず需給バランスが崩れるからだ。決して介護事業者のせいではない。
著しい人手不足の中では、覚悟を決めて「職員ファースト」の視点から介護職を守り抜く介護経営者が生き残る。ハラスメントなど問題のある利用者を避ければ、介護職は無理せず、より一般的なケースを担当することに専念できる。やりがいや自己実現、達成感などを感じられ、必ずしも賃金だけにとどまらない価値を仕事から得ることができるだろう。
国の介護政策が極めて不十分なため、介護職は必死に頑張っても全産業平均並みの賃金を得ることすらできない。であれば介護経営者は、せめて仕事にやりがいや楽しさ、喜びなどを見出せる環境だけでも整えていくべきだ。
介護経営者が利用者を適切に選別しなければ、若い人材が来てくれない、他産業へ流出していくといった状況はさらに加速する。人材難が一段と深刻化し、いまよりもっと多くの高齢者を支えることができなくなってしまう。「制度あってサービスなし」といった状況がより顕在化するだろう。
もっとも、例えば認知症などの疾患によってどうしても対応が難しくなる利用者については、しっかりと対応する責務があることを忘れてはいけない。こうしたケースには、プロとして質の高いサービスを提供することが事業者に引き続き求められる。
今後、介護経営者は事業を持続・継続していくために、ハラスメントなどのリスクを見極め、利用者をどう選別するかという判断を問われることになるだろう。1人でも多くの利用者を守るために、まずは介護職を守ることが欠かせない。ここを躊躇してはならないはずだ。







