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2026年1月14日

【片岡眞一郎】熟練の“なんとなく”のケアを確信に変え、介護現場の共有知に 匠の“勘”を科学する時代へ

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《 NTTデータ経営研究所・片岡眞一郎氏 》

私自身が介護事業所で働いていた時に、経験豊富な職員が利用者のわずかな変化を感知し、体調の変化や細かなニーズを察知する場面が少なからずあった。どうしてわかるのか不思議に思って聞いてみたところ、「なんとなく違和感を感じた」「なんとなくそう思った」とのこと。今にして思えば、こうした“勘”の背景には、長年にわたる観察と経験に裏打ちされた確かな知見がある。【片岡眞一郎】

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一方で、それらは個々の職員の中にとどまりがちで、組織全体で共有されたり、再現されたりすることは容易ではない。逆に言えば、経験や勘を整理し、誰もが同じように判断・実践できる形にできれば、介護の質をさらに高めていくことができる。その手がかりとなるのが「データ活用」ではないだろうか。


◆ 匠の技を組織の力に変えるために:なぜデータが必要か


介護は、利用者と職員が直接関わりながら行う、人の手による仕事である。そのため、職員の経験や判断に委ねられる場面も多く、はっきりとした根拠を持たないままサービスを提供していると、状態が安定したり良くなったりする利用者もいれば、そうでない利用者も出てくる。


こうした差を小さくし、より確かなケアを実践していくために、データ活用が有効になってくる。例えば、水分摂取量、排泄のタイミング、歩行や立ち上がりなどの運動機能の数値といった細かなデータを継続的に追うことで、「なぜ状態が悪化しているのか」「どのようなケアをしたときに数値が変化しているのか」が明確になり、より効果のある介入をすることができる。


つまり、データは、ベテラン職員の判断の背景を言語化し、再現可能にするためのツールということだ。


◆ 科学的介護という潮流:政策と現場が同じ方向を向き始めている


このような考え方は、先進的な介護事業所でいくつかの事例が出始めているだけでなく、政策としても全国的に広まりつつある。国は介護分野の生産性向上に関する政策に加え、データに基づいてケアの質を高める「科学的介護」を推進している。


自治体においても同様で、東京都では科学的介護の普及を後押しするため、「科学的介護定着促進事業講演会」を今年度も開催する。また、千葉県では介護現場がデータ活用の手法を学び、実践につなげることを目的に、千葉県介護業務効率アップセンターが「科学的介護セミナー」を開催し、実践的なノウハウの共有を進めている。


これらの自治体支援は、データ活用は一部の先進的な事業所だけの話ではなく、広く現場全体で取り組むべきテーマであるという重要なメッセージを発しているとも言える。

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◆ 事例:データ活用がケアの質と業務効率を同時に高めた取り組み


千葉県の「科学的介護セミナー」では、特別養護老人ホームシオンの取り組みが紹介された。


同施設では、ケア理論として「自立支援介護」を基盤に据え、「水分」「食事」「運動」「排泄」という4つのケア領域のデータを継続的に収集・分析し、職員全体で検討を重ね、利用者の状態改善に取り組んでいる。


例えば、1年2か月もの間、寝たきり状態だった利用者が、データ分析に基づく個別アプローチの結果、自力で椅子に座り、歩行し、トイレに行けるまで改善したという報告があった。


担当する介護支援専門員の常世田(とこよだ)さんは、次のように評価している。


「水分量、食事量、下剤の服用率、便失禁率、歩行率といった指標を基に職員間でカンファレンスを実施し、ケア方針を修正しながら実践した結果、日中のオムツ交換や便失禁がほぼなくなり、夜間のオムツ交換も減少するなど生活の質が向上、結果として業務の効率化にもつながった。また、LIFEが始まったことで、自分たちのケアがデータとして見えるようになった。比較することで、自施設の強みや改善すべき点が明確になり、改善活動の成果が可視化されつつある」


◆ データ活用を成果につなげるポイント


データ活用を実際の成果につなげるためには、単に数字を並べて比較するだけでは十分ではない。LIFEを活用すれば、全国平均と自事業所の状態を比較することができるが、実践するケアに関しては、LIFEの比較から「なぜそうなっているのか」を基に、自事業所で検討していく必要がある。


重要なことは、利用者がどのような状態を目指すかを出発点に、仮説を立てることである。例えば、「夜間の覚醒回数が増えると翌日のADLが低下するのではないか」という仮説を立てれば、睡眠状態とADLのデータを定量的に分析できるようになる。


まずは、「ケアを行った後に記録されたデータ」を振り返ることから始まるが、次第に分析を重ねていくと、「どのようなケアを行うと、どのような結果につながりやすいのか」という傾向が見えてくる。そして最終的には、「ケアを行う前にデータを確認し、方針を決める」という段階へと進んでいく。


ここまでくると、経験や感覚に頼るだけでなく、「なぜこのケアを行うのか」を説明しながら実践できるようになる。なお、分析するうえで、見守り支援機器等の介護テクノロジーから取得できるバイタルデータや睡眠データも有効になる。


こうした取り組みを進めていくには、仮説を立てることができる職員、データを読み取り、対話できる職員の育成が不可欠である。同時に、共有や議論を支える心理的安全性のある職場文化も重要となる。仮説と検証を繰り返すプロセスそのものが、データ活用を一過性の取り組みではなく、現場に根付く実践へと変えていくだろう。

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◆ 忘れてはならない介護職の専門性


データ活用が進むほど、利用者の状態を把握する力、言葉にしにくいニーズを汲み取る力の重要性はむしろ増していく。なぜならば、データに基づく科学的なアプローチが可能になっても、現場のすべてを科学的なアプローチだけで完結させることはできないからだ。


つまり、データはあくまでも判断の材料であり、最終的に利用者のQOLを踏まえてケア方針を決定するのは人間になるということである。そのため、介護職の専門性、特にノンバーバルコミュニケーションや細やかな観察は今後ますます重要となってくるだろう。


特別養護老人ホームシオンの介護支援専門員の常世田さんが、「私たちがやりたいのは人間的介護。しかし、それは主観的であり、客観性がない。だから科学的介護を実践している」と話していたのが印象的である。


国や自治体、そして現場の実践が三位一体となり、データを活用して利用者一人ひとりの生活の質を向上させていく。その積み重ねが、介護の質をこれまで以上に高め、誰もが再現可能なケアモデルへと進化する介護の未来につながっていくはずだ。


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