あの「介護甲子園」が再開へ 仕掛け人・左敬真氏が語る、社会福祉法人が100年生き残るための経営哲学
日本一の介護事業所を決めるイベント「介護甲子園」が、2028年から2029年の復活に向けて再始動する。【Joint編集部】
主催は日本介護協会。コロナ禍の影響もあって中断を挟んだが、今年3月には初代の理事長を務めた左敬真氏が理事長に復帰した。再び業界を盛り上げるべく活動に力を入れる。
現在、左氏は社会福祉法人千歳会の理事長として介護経営の最前線に立ちつつ、複数の法人が自主性を保ちながら力を合わせる「社会福祉連携推進法人」の運営にも携わっている。
社会福祉法人が地域の福祉を担い、100年先まで健全に事業を継続していくためには何が必要か ーー 。「介護甲子園」の復活劇を契機に、その経営哲学やメソッドについて左氏に詳しく話を聞いた。
◆ なぜ、社会福祉法人なのか

左氏の介護への情熱は、学生時代に生まれた。建築の設計士を目指して大学院で学んでいた頃、近くの特別養護老人ホームに見学で入った。そこで退屈そうに、自由を奪われて過ごしていた高齢者(当時)の姿を見て強い衝撃を受けたという。
「自分が将来入りたいと思える施設を自分で作り上げよう」。そう決意したことが、この世界へ飛び込む原点となった。
大学院を卒業後、まずは訪問介護から事業をスタート。デイサービスの展開などに心血を注ぎ、社員70名規模の株式会社に成長させた。
しかし、組織の拡大に伴って職員の離職やチーム作りの難しさに直面した。それまでの「私」を中心とした経営から、組織を語る主語を「私たち」へと再構築していったプロセスが、現在の経営の礎になっている。
その後、左氏は事業のスケールとイグジットを目指すベンチャー企業の考え方とは一線を画し、社会福祉法人の経営に身を投じる決断を下す。決められたルール・プロセスに沿って剰余金を地域に還元しながら、長期的かつ安定的に運営を続ける非営利性・公益性に意義を感じたからだ。
「2040年より先の未来を見据え、この業界の健全な発展を中心的に支えていくべきは社会福祉法人だ」。
左氏は強い確信をにじませる。他法人の先輩理事長たちの世代交代が進む今、比較的若い立場から地域の福祉の基盤強化に長くコミットしていくことは、やりがいが大きいと笑顔を見せた。

◆ 業界の最大の強みは「安定」
「介護サービス事業は、公的な保険制度に基づく極めて安定した収益構造を持っている」と左氏は強調する。
貸し倒れリスクが少なく、長期的な事業継続を計画しやすい。当然、こうした特徴は事業者の利益のためにあるのではない。利用者に継続的なサービスを提供し、職員の雇用を守り続けるために必要な基盤だ。
ただ左氏は、課題の人材確保にあたって多くの社会福祉法人が“最大の強み”を十分に発揮できていないと指摘する。今の求職者が何より重視するのは、やりがいのある仕事で長く働いていける「安心・安定」。理事長など経営層がもっと前面に出て、SNSなども活用しながら、この「安心・安定」という業界の大きな魅力を若者らに伝えるべきだと主張する。
職員の処遇改善に向けては、生産性向上の成果を原資とする分配論を実践している。テクノロジーを駆使して徹底的な業務の効率化や負担軽減を図り、賃上げや職場環境の改善を推進。外国人も積極的に受け入れ、在留資格の申請支援から就労後のきめ細かい生活支援にいたるまで、一貫したサポート体制を整えている。
◆ 法人間連携の真のメリット
左氏が今後の戦略の中で重視するのが、「社会福祉連携推進法人」の枠組みを有効に活用していくことだ。
物品の共同購入やバックオフィスの集約化などにとどまらず、参加する法人がそれぞれの自主性や独立性を保ちながら、対等な立場で人材の育成・定着や運営ノウハウを共有し合える画期的な基盤だと捉えている。
左氏が最大のメリットとしてあげたのが、関係法令の遵守や本人の意向の尊重を大前提とした法人間の適切な人事交流(出向・転籍などの支援)だ。
たとえば、ある施設の環境が合わずに離職を考えている職員がいる場合。理念を共有する別法人の施設へ移り、環境を変えて働き続けてはどうかと提案できる。関係法令に則ったネットワークを機能させ、介護現場からの貴重な人材の離脱を未然に防ぐ体制を構築したいという。
「大切な公費や保険料を財源とする介護報酬が、人材の紹介・派遣会社などへ少なからず流出している現状は是正すべき」。
左氏は強い危機感を示す。ハローワークなど公的なマッチング機能を抜本的に強化するほか、介護事業者も尽力して構造的な課題の解決に向かうべきだと持論を語った。
◆ ネットワークをどう作るか

再開に向けて動き出した「介護甲子園」について、左氏は「現場の職員が日々の工夫や努力を発表し合う、いわば『大人の部活動』のような場」と表現した。
普段はスポットライトを浴びる機会の少ない介護職が、ステージ上で正当に評価されて拍手を浴びる。これにより、自らの仕事の意義や誇りを改めて確認することができる。同時に、全国各地の介護現場で磨かれた実践的な工夫や成功事例を広く共有し、業界全体のポジティブな変革につなげたい考えだ。
今後の復活計画では、ステージを備えた会場でのリアル開催の熱量を軸にしつつ、時代に即したオンラインの活用も柔軟に検討していく。若い世代や業界外の人々にも、介護の持つ魅力を広く知ってもらう機会の創出を目指す。一過性のイベントとして終わらせるのではなく、千歳会が実現してきた施設の高い稼働率など重要な運営ノウハウも共有していく方針だ。
「介護・福祉の未来を担う社会福祉法人同士で手を取り合い、ともに業界の発展に力強く貢献するネットワークを構築していきたい」。2040年のその向こう、100年先も揺るがぬ基盤づくりという志を胸に左氏は歩みを進める。









