【青柳直樹】難しい介護現場の人間関係 上司・部下とうまく付き合うために大切なこと


介護職員の離職理由のトップは「人間関係」です。弊社で実態を調査したところ、介護現場では特に上司と部下の関係に悩んでいる人が多いことが分かりました。お互いにストレスをためず気持ちよく働くために、どうコミュニケーションを取れば良いのでしょうか。【青柳直樹】
◆ なぜ軋轢が生じるのか
上司と部下の関係が悪くなる要因の1つに、業務の指示やフィードバックを行う側も受ける側も十分に慣れておらず、お互いにすれ違ってしまうことがあげられます。

青柳直樹|医師。2017年にドクターメイト株式会社を創設。日本ケアテック協会の理事も務める。介護施設が直面する医療課題に対応すべく、オンラインの医療相談や夜間のオンコール代行などのサービスを展開中。介護職の負担を減らすこと、利用者の不要な重症化、入院を減らすことなどに注力している。
例えば、上司の指示が曖昧なケース。部下は何を求められているか理解できず、評価の基準も分からないまま業務にあたることになります。
フィードバックの伝え方に問題があるケースも少なくありません。感情的になって指導したり、その時々で内容が変わったりすると、部下はうまく納得できません。頭ごなしに否定されたと感じたり、改善点を見い出せなかったりすることになります。
こうした状況が、両者の関係に軋轢を生じさせる結果を招きます。不満の蓄積やモチベーションの低下にもつながるでしょう。
実際、指示やフィードバックの質を高める効果は大きく、ここに注力している現場では離職率が下がる成果も生まれています。これは海外の調査結果ですが、上司から定期的にフィードバックを受ける職員の離職率は14.9%も低いという報告があります。
それでは、具体的にどんなことに気をつければ良いのでしょうか。
◆ ゴールを共有、不意打ちは厳禁
まず、上司と部下でフィードバックの目線を合わせることが重要です。方向性が不明確なフィードバックは、かえって関係を悪化させることになりかねません。
フィードバックを行う際は、双方が何を目指しているのかをはっきりと共有することが大切です。「何ができるようになりたいのか」「どこを目指しているのか」。こうしたゴールを明確化することで、フィードバックをより建設的なものにできるでしょう。
また、フィードバックを行う際に「これからフィードバックをします」と相手に伝えることも大事です。最初にこれを確認することで、受け手は心の準備をすることができます。
このプロセスを経ず、まだ構えてもいないのに不意打ちのように課題を指摘すると、いたずらに反発を招くことになりかねません。受け手が冷静になれるようステップを踏めば、感情的に衝突してしまうリスクが小さくなり、良好な対話が生まれやすくなるはずです。
◆ 自分自身の考えを真摯に伝える
加えて、フィードバックの際に主語を曖昧にしないことも大切です。
フィードバックとは何か。それは「私はこう思っている」と相手に伝え、目指す目標に向かって対話をすることです。
しかし、「◯◯さんがこう言っていた」「みんなそう思っている」といった表現を使うと、話が違ってきます。受け手は疑心暗鬼に陥ったり、職場全体を敵のように感じたりしてしまうでしょう。他の誰かの意見を持ち出すと、1対1の対話が成立しにくくなってしまいます。
フィードバックを行う側にとって、自分の思いを相手に率直に伝えるのは怖いことでもあります。そのため、「他の人も言っていた」「みんなも同じ」といった表現を使いがちですが、言われた方は多勢に無勢となりかねません。
そうではなく、具体的な事例をもとに自分自身の考えを真摯に話すことが重要です。大切なのは、一個人としての自分の思いを誠実に伝えること。それが相手とのより良いコミュニケーションを生み出すポイントです。
◆ Good to Greatで前向きに
もちろん、相手の声に耳を傾ける機会を作ることも欠かせません。一方的なフィードバックは良い結果を生みません。
特に、フィードバックが「感情的であること」「一方的であること」は悪い例と言えるでしょう。反論の機会を与えず、単なる言いくるめになってしまいます。相手が考えを整理したり、意見を言ったりできる時間は必ず確保するようにしてください。
また、フィードバックしたことを相手が的確に実践した際などは、褒めることも忘れてはいけません。フィードバックと言うと、「悪いところを改善するためのもの」と思いがちですが、当然ながら「良いところを褒めること」も含まれます。
定期的なフィードバックで相手を評価することは極めて重要です。口うるさい小言や揚げ足取りの問題提起に留まらず、より意味のあるものとすることができるでしょう。褒められた側も良い行動を繰り返すようになり、組織の成長につながります。
先進的な現場の中には、「Good to Great」の概念を活用しているところがあります。「あなたはもう既に良い。ただ、こういう点に気を付ければもっともっと良くなる」という考え方でフィードバックを行うことです。このようなアプローチが定着すれば、組織全体が前向きになり、成長し続けられる環境が生まれやすくなるでしょう。
◆ うまくいかないことも多い
最後に、フィードバックを完璧に行おうとしすぎないことも大切です。どんなに準備をしても、タイミングや相手の状況によってはうまく伝わらないこともあるんです。
もしうまくいかなかったと感じたら、こう言いましょう。「伝え方が悪かったかもしれない。ごめんね」。それで後日また話せばいいんです。フィードバックは一度きりではなく、何度でもやり直せるものです。
失敗を恐れすぎると、フィードバックのハードルが上がってしまい、言うべきことが言えなくなってしまうことになりかねません。大切なのはフィードバックを継続的に行うこと、必要に応じて伝え直す柔軟さを持つことです。