【小濱道博】介護現場に求められるダイバーシティの理解と受容 多様性を力に変える経営を


1,外国人材活用の現状
日本社会は急速に高齢化が進行し、介護事業は地域社会を支える不可欠な社会インフラとしての役割を担っている。【小濱道博】
しかし、この重要な基盤を根底から揺るがすのが慢性的な人材不足である。少子化により国内の労働力供給は縮小し、介護事業所・施設では高齢の職員が現場を支えながらも、技術の伝承や若手人材の定着に苦慮しているのが現状である。
この構造的な人材不足を補う切り札として期待されているのが、外国人材の受け入れである。
技能実習制度や特定技能制度の活用により、外国人材が介護の現場で働く機会は増えているが、単なる労働力の補填にとどまるものではない。彼らは母国の文化、宗教、言語、価値観を日本社会へ持ち込み、現場に新しい視点をもたらす存在でもある。
だからこそ介護事業者は、外国人材が安心して能力を発揮できる環境整備を並行して進めねばならない。
2,ダイバーシティ推進が不可欠な理由
外国人材を活用するうえで欠かせないのが、ダイバーシティ(多様性)への理解と受容である。外国人職員には宗教上の食事制限があったり、礼拝時間の確保が必要な者もいる。事業所としては、職員の多様な背景を尊重しつつ、柔軟な勤務体系や環境を整える必要がある。
また言語の壁も避けられない課題であり、日本語教育の継続的な提供や、多言語対応のICTツールの導入は不可欠である。
さらに、外国人材の中には性的マイノリティである職員も含まれる可能性が高い。性的指向や性自認に関する配慮は、外国人職員のみならず全ての職員が安心して働ける職場を築くための基盤である。これを怠れば、多様な人材の定着どころか職場内のハラスメントや離職リスクを高めかねない。
したがって、介護事業者はSOGIに関する知識の普及、ハラスメント防止、性別にとらわれない更衣室やトイレの設置といった具体策を講じるべきである。
3,利用者の多様性と「同性介助」の現実
ダイバーシティへの対応は職員側だけの問題にとどまらない。サービスを受ける利用者にも様々な背景や価値観が存在する。
特に性的指向や性自認に関しては、同性介助を求める声が高まっている。トランスジェンダーの利用者が自認する性別と異なる性別の職員による身体介助を望まない場合や、同性愛者が同性による排泄介助に抵抗を覚えるケースなどがその典型である。
しかし現場の人手不足は深刻であり、常に利用者の希望通りに同性介助を提供できるわけではない。この矛盾をどう解決するかが、今後の介護事業運営において重要な課題となる。
利用者の尊厳を守るためには、SOGIに関する職員教育の徹底や、利用者のアセスメント時に丁寧にニーズを聴取し、個別ケアプランに反映させる仕組みが必要である。また、現場ではシフト調整や地域の他事業所との連携を通じて、可能な限り希望に沿った対応を模索する努力が求められる。
4,組織的対応が未来を支える
介護事業者がダイバーシティを経営戦略の中心に据えるのであれば、属人的な対応に留めてはならない。
まず、就業規則に差別禁止を明文化し、人事部門に専任担当を置くことが求められる。また、全職員対象の匿名アンケートを実施し、現場の困難やニーズを把握する仕組みも有効である。研修や周知啓発を通じ、知識の定着と態度変容を促すことが、偏見や無理解を防ぐ鍵となる。さらに、相談窓口の設置や第三者機関との連携によって、当事者が声を上げやすい環境を構築すべきである。
採用や雇用管理では、性別欄を撤廃するなど、公正性を確保し、トランスジェンダー社員にはホルモン治療に伴う勤務の柔軟化を認めるといった個別対応が必要である。同性パートナーを法律婚の夫婦と同等に扱う福利厚生制度の整備も、安心して働ける環境の一助となる。
5,インクルーシブなケアを目指す専門職の責務
多様性を包摂する介護事業モデルの構築には、介護・福祉専門職の役割が欠かせない。専門職には知識の習得に加え、個別の事情を汲み取る想像力と、相手の尊厳を守る繊細な対話力が求められる。
専門職養成の現場でも、性的マイノリティに関する内容はカリキュラムに含まれるようになりつつあるが、机上の知識だけでは不十分である。現場で当事者と出会い、戸惑いや葛藤を乗り越え、支援のプロセスを共有することで、実践力と応用力が鍛えられる。
このような取り組みの積み重ねこそが、介護事業全体の魅力を高め、人材確保の好循環を生み出す原動力となる。介護事業が多様性を受け入れ、社会の共生モデルを体現する存在であり続けるために、事業者と専門職の役割はこれまで以上に重要である。
多様性を力に変える経営こそが、これからの介護事業の持続可能性を支えるのである。
※ SOGIとLGBTQ+の違い
SOGIとLGBTQ+は、どちらも性の多様性に関する言葉だが、その範囲が異なる。
LGBTQ+:レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クィアなど、特定の性的マイノリティの人々を指す総称だ。彼らが「どのような人か」というアイデンティティに焦点を当てている。
SOGI:性的指向(Sexual Orientation)と性自認(Gender Identity)の略である。これは、特定の誰かではなく、すべての人が持つ「性の要素そのもの」を指す普遍的な概念だ。異性愛者やシスジェンダーの人も含め、誰もがSOGIを持っている。つまり、LGBTQ+が特定のグループを指すのに対し、SOGIはより包括的に、すべての人に関わる性のあり方を示す言葉である。【小濱道博】