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2025年12月23日

【高野龍昭】介護職の賃上げと生産性向上 明確になった政府のメッセージと介護DXの死角

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《 東洋大学 高野龍昭教授 》

1.はじめに


前回のこのリポートでは、2026年度から施行される新たな地域支援事業の「介護情報基盤の整備」の趣旨・仕組みを概観すると、何よりも介護サービス事業所・施設は早急に介護DXに備える必要があることを指摘しました。【高野龍昭】

そのうえで、遅くともその事業が本格実施される2028年度までには、すべての事業所・施設が「LIFE(科学的介護情報システム)関連加算への対応」「ケアプランデータ連携システムへの対応」「生産性向上推進体制加算(Ⅰ)が取得できるレベルの体制」が不可欠になるという見通しを示しました。


さらに加えて、この事業を基盤として「オール・ジャパン」で介護DXを推進するという意味で、2027年度の介護報酬改定では、こうした施策の誘導策が矢継ぎ早に設けられるはずだという予測も示したところです。


2.処遇改善加算と介護DX


実際、私のこの予測を前倒しする形で、12月16日に成立した今年度補正予算において厚生労働省の主要施策に位置づけられた介護従事者の賃上げ事業で、交付金の要件のひとつに次の点が示されています。

*訪問・通所系サービス等(居宅介護支援事業・訪問看護事業などを含む)
 →ケアプランデータ連携システムに加入(または見込み)等
*施設系・居住系・多機能系・短期入所系等
 →生産性向上推進体制加算(Ⅰ)または(Ⅱ)を取得(または見込み)等

これに関連して、来年6月からの「介護職員等処遇改善加算」の見直しについて検討している審議会(社会保障審議会・介護給付費分科会)でも、12月12日の議論の中で同様のポイントが示されており、上記と同様の要件が次年度からの処遇改善加算そのものにも盛り込まれることが確定的となっています。


これらは、介護DXに関する政府の「本気度」が示されているとともに、「介護情報基盤の整備」を推進するための誘導策が極めて明快に示されていると言って良いでしょう。


わかりやすく言えば、「オール・ジャパンで介護DXを進めるためには、介護の実践現場の生産性向上が図られていることが最も重要なポイントである。生産性向上を推進しようとする事業所・施設は、職場環境等の改善にも意欲的だと考えられるため、そうした事業所・施設のみを処遇改善加算の対象とする。今後の介護サービス提供システムの持続可能性を考えると、生産性向上を図ろうとしない事業所・施設の介護従事者は処遇改善の対象にはできない」という政府の明確なメッセージだということです。


こうしたわかりやすい「生産性向上推進施策の拡大」「ケアプランデータ連携システムの導入」、そして「LIFEの利活用」の誘導策は、今後も繰り返されるはずです。

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3.介護DXへの懸念


(1)国策としてのDX


私が最も注目している介護DXなどの動向については、今般の臨時国会で12月5日に成立した改正医療法(2026年4月以降に順次施行)をみても、VISIT・LIFE・介護情報基盤などというDX化を推進する事業が次々と示され続ける近年の介護保険法の動向をみても、もはや確定的な動きとなっています。つまり、2040年問題に対応するために「医療・介護DXは国策」と言える位置付けになっていると受けとめるべきでしょう。


したがって、介護のICT/DX化・生産性向上施策に関する賛否そのものを議論するのは、すでに時宜を逸していると言えます。介護・医療ニーズが高齢者を中心にこれからも拡大するなか、人口減少・生産年齢人口の減少が一層加速していくことが明確なわけですから、こうした施策を現実的に推進していくことが、高齢者分野の介護・医療提供システムを持続していくファースト・チョイスとなるのは当然のことです。


(2)介護DXは本当に進むのか


一方で、私は「介護DXが本当に進むのか」という懸念も持っています。


前回のこのリポートでも解説したように、介護DXとは“業務のデジタル化とデータ利活用により、サービス提供のプロセスを変革し、サービスの質の向上(自立支援・重度化防止)や専門的業務の標準化を図ること”です。そのためには、ICT機器の利活用のスキルだけでなく、介護の実践現場のデータ・リテラシーを高める必要があります。


しかし、わが国の介護の現場に、そうしたリテラシーを有する人材がどれだけ存在しているでしょうか。


たとえば、医療DXに大きく貢献してきた人材として、診療情報管理士(日本病院会が規定する民間資格)があります。この職種は、電子カルテからの情報や医療保険のデータ提出事業によるフィード・バック・データなどを加工・分析し、様々なニーズに適した情報を臨床の医師や看護師などに提供する専門職種で、全国各地の大規模医療機関への配置が進んでいます。


また、15年ほど前、私が他の研究者とともに、米国での介護データの利活用について調査するため、現地の複数のナーシング・ホームに赴いたところ、いずれの施設にもそのデータを専門に扱うエンジニア(データ・アナリスト)が配置され、保険者から送られてくる介護データを加工・分析し、介護・看護のスタッフに還元している体制が取られていました。


こうした先例をみると、わが国の介護分野では、厚生労働省による「デジタル中核人材養成研修」の修了者が介護サービス事業所・施設で活躍できる体制が整うことが不可欠です。単にICT機器を複数導入し、LIFEに取り組むだけで介護DXが実現できるわけではありません。データを読み取ってそれを解釈し、実践現場の質の改善・業務の改善に結びつける体制を講じなければ、ICT化による手間ばかりがかかってしまい、DX化による標準化・生産性向上には結びつきません。


そうしなければ、LIFEの利活用による自立支援・重度化防止の推進は困難です。実践現場の皆さんはいまだに「LIFEのフィード・バックはわかりにくい」と言い続けていますが、わが国の医療のデータも米国の介護データも、フィード・バックされたデータはもっとわかりにくく、一見すると数字が並んでいるだけのシートに過ぎません。現行のLIFEのフィード・バックがあれほどわかりやすくビジュアルに示されているにもかかわらず「わかりにくい」「改善点を読み取ることができない」とすれば、私の個人的見解ですが、それはわが国の介護実践現場のデータ・リテラシーに問題があると断じることができます。

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(3)介護の本質との矛盾


もうひとつの懸念は、介護DXが過度に進みすぎることによって、わが国の介護実践現場で「介護の本質」が歪められてしまうのではないかという点です。


介護の実践現場で生産性を向上させることや、データ・リテラシーを高めて高齢者の自立支援・重度化防止を図ることは、昨今の政策動向を踏まえると、極めて重要なポイントです。しかし一方で、そのことが進みすぎることは決して良いことばかりとは言えないのではないか、と私は考えています。


わが国の社会福祉理論の泰斗のひとりとして岡村重夫(1906年-2001年)が存在し、その理論は今も社会福祉学と社会福祉実践に大きな影響を与えています。岡村の社会福祉実践に対する考えは「岡村理論」【註】とも言われ、社会福祉が必要とされる「社会生活上の困難」を以下の3つに類型化しながら示しています。

1)社会関係の不調和
 個人と社会制度・社会環境(家族や地域など)との結びつきが適切でなく、摩擦や葛藤が生じている状態。
2)社会関係の欠損
 死別や離別、さまざまな社会的障害などにより、本来あるべき社会的つながりが失われている状態。
3)社会制度の欠陥
 社会的支援体制や制度自体が不十分であり、個人の欲求を充足できない状態。

そのうえで、岡村は、単に貧困・病気・障害であることそのものを社会福祉実践の対象とするのではなく、それによって引き起こされる「社会関係の主体的側面の欠損や不調和」を対象とすべきであると規定しています。


介護が社会福祉実践のひとつであることを前提としたうえで、この岡村理論を援用して考えてみると、介護は利用者(高齢者)の「社会関係」に最も着目すべき取り組みであると言うことができます。


しかし、介護DXでデータ化し、そのリテラシーを発揮しつつ質の向上・改善の働きかけを主眼としているのは、現行のシステムでは心身機能(病気や障害などの一部)へのアプローチに留まるはずです。その証左として、私が確認する限り、LIFEのデータ項目に社会関係や社会参加、対人関係、QOL(生活の質)に関するものは格納されていません。


言い換えれば、介護DXを利用者本位で考えると、高齢者の心身機能の維持・改善には効果を上げることができるものの、社会関係やソーシャル・キャピタル(社会関係資本)の拡大による「その人らしい暮らし」の実現や、QOLの向上に結びつくものであるか否かについては懐疑的であると言わざるを得ません。


この意味で、社会福祉の専門的見地から考えると、介護DXを必ずしも金科玉条のものとして捉えるべきではないことを指摘しておきたいと思います。


【註】岡村重夫『社会福祉学(総論)』光生館:1958年


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