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2023年2月9日

【介護革新】スウェーデンで見たチャレンジ精神と柔軟な姿勢 課題山積の日本が向けるべき目線=山口宰

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《 社会福祉法人光朔会オリンピア・山口宰常務理事 》

これまで3回にわたってスウェーデンの高齢者福祉について紹介してきました。今回はスウェーデンシリーズのまとめとして、私たちがいまスウェーデンから学べることについて考えてみたいと思います。【山口宰】

◆ 私とスウェーデン


私とスウェーデンとの出会い − 。それは今から20数年前、福祉の勉強をするために、大阪大学人間科学部に入学したときに遡ります。

《 スウェーデン・ストックホルム 》

スウェーデン福祉の研究者であり、私の指導教官でもある、斉藤弥生先生が最初の講義で紹介された、スウェーデンの認知症グループホーム「ヴァルツァゴーデン*」の写真がきっかけでした。そこには、背筋をピンと伸ばした認知症の男性が襟付きのシャツを着て、生き生きとジャガイモを調理している様子が写っていました。


* ヴァルツァゴーデン
バルブロ・ベック=フリース氏によってスウェーデンのモータラで始められたグループホーム。ここを題材にした書籍「スウェーデンのグループホーム物語が日本に紹介され、日本でグループホームが広がるきっかけとなった


日本の認知症ケアは当時、大規模な収容型施設で画一的に行われることがまだまだ当たり前でした。「認知症になってもこんな風に“普通の暮らし”を送ることができる場があるんだ!!」。そんな衝撃を受けた私は、グループホームとそこで行われる認知症ケアを研究テーマにすることを決めたのでした。

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北は東北から南は九州まで、全国をまわって日本国内の先駆的な認知症ケアの取り組みを学んだ私は、大学院に進学するのと同時に、文部科学省の奨学生としてスウェーデンのヴェクショー大学(現・リンネ大学)に留学するチャンスを得ることができました。

《 リンネ大学のメインビルディング 》

留学中は、大学で高齢者福祉・障害者福祉について学ぶ傍ら、数多くの高齢者施設を訪問したり、実習をさせてもらったりしました。「どうしてこの手順でケアをするのですか?」「この判断は誰がどんなプロセスで行うのですか?」。スウェーデンの人たちにとっては“当たり前のこと”を根掘り葉掘り聞いていたので、ちょっと手間のかかる実習生だったかもしれません。


でも、そんな私をいつも温かく受け入れてくれたスウェーデンの人たちの優しさに触れ、スウェーデン福祉の根幹にある理念を学ぶことができたような気がします。

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◆ 常に進化を続けるスウェーデン

《 ケア付き住宅の居室 》

その後も、私の運営する社会福祉法人光朔会のスタッフ研修や大学での調査のために、毎年のようにスウェーデンに行き、高齢者福祉や障害者福祉の現場を訪問したり、行政や研究者の方々と意見交換をしたりしてきました。逆に、スウェーデンからの見学者や実習生を私たちの施設で受け入れ、日本の福祉について調査や勉強をしてもらうという取り組みも行ってきました。


その度に感じるのは、「スウェーデンは常に新しいことにチャレンジしているな」ということでした。


こちらの写真をご覧ください。これは、2017年にスウェーデンのヴェクショー・コミューン(市)が運営するホームヘルプステーションを訪問した時に撮った写真です。

《 スマートフォンが配備されたヘルパーステーション 》

ヘルパーさんに1人1台、スマートフォンが支給されています。このスマートフォン、電話として使うだけではありません。上司であるマネジャーからケアに関する指示を受けたり、ケアに関する報告をしたり、記録をつけたりすることができます。さらに、スマートロックの端末にもなっているため、利用者さんの自宅の鍵を開けることもできるのです。


このシステムであれば、事前に鍵を借りておく必要はありませんし、業務以外の時間帯に勝手に家に入ることもできません。マネジャーの仕事は大きなディスプレイの前に座って、ヘルパーひとりひとりの動きと利用者さんの状態を確認しながら、指示を出すというスタイルになっています。

《 デジタルサイネージで日課をお知らせ 》

多くのケア付き住宅(高齢者施設)にはデジタルサイネージが設置され、その日の天気や食事のメニュー、1週間のアクティビティなどが表示されています。居室の玄関や居室内の薬箱はスマートロックで管理され、権限のある職員だけが開けられるようになっています。


これらの技術は、日本にとっても特に難しいものではありません。介護現場の生産性向上の方策のひとつとして、テクノロジーの活用は重要な課題と位置付けられています。しかしながら、制度が追いついていなかったり、設備投資にコストがかけられなかったりと、現場レベルでの有効活用には、残念ながらまだ時間がかかりそうです。


スウェーデンのチャレンジは、テクノロジーの活用にとどまりません。性別や年齢に関係なく自分の力を発揮して仕事ができる環境、柔軟なスタッフの採用・育成システム、エビデンスに基づく認知症ケアへの取り組みなど、訪れるたびに新たな発見があります。

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◆ 外国から学べること

《 スウェーデン・ストックホルム 》

元・在スウェーデン日本国大使館特命全権大使の渡邉芳樹さんは、著書「スウェーデン・モデル」の中で、「過去半世紀以上、スウェーデンは間違いなく世界でも数本の指に入る『高度先進民主主義国』であり続けてきた。今日も、政治経済財政の運営で苦悩する欧米先進国の中の、言わばスーパーモデルと言ってよい」と評しています。


もちろん、スウェーデン自身も、高齢化の進行と福祉の財源、移民や難民の受け入れ、NATO加盟や外交など、様々な問題に直面していることは事実です。しかし、日本よりも早くから高齢化を迎え、福祉に関する施策を行ってきた経験、そして「社会政策の実験室」とも言われる柔軟な姿勢から学べることは、数多くあるのではないでしょうか。


かつて、「日本の福祉はスウェーデンの30年遅れ」と言われていた時代がありました。高齢化の進行とそれに伴う様々な問題に直面し、日本はスウェーデンをはじめとする「高齢化の先輩」の国々から多くのことを学び、取り入れてきました。そして今、日本の介護保険制度や地域包括ケアシステムといった取り組みは、世界の国々、特に現在急激に高齢化が進んでいるアジアの国々から注目を集めています。

《 スウェーデン・ストックホルム 》

日本でいま大きな課題となっていることは、もしかすると他の国は既に経験済みで、解決していることかもしれません。逆に、他の国が悩んでいることが、日本では何の問題にもなっていないかもしれません。


それぞれの国は、人口規模や地理的状況、制度、歴史・文化が異なるため、ある国の成功事例をそのまま真似をすることはできません。しかし、その違いや共通点の中から互いに学び合えるポイントを発見すること、ここに国際比較研究の醍醐味があると私は思います。


介護人材の確保、理論的マネジメント、生産性の向上、テクノロジーの活用 − 。日本の福祉が直面する問題は数多くあります。これらの解決の糸口を探すために、これからもスウェーデンの福祉の研究を続けていきたいと思います。


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