2022年8月25日

【高野龍昭】やがて来る「介護人材を確保できなくなる日」 なぜ介護現場の生産性向上が重要か

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《 東洋大学 高野龍昭准教授 》

■ 浮上した人員配置基準の緩和論


介護保険制度では、入所施設や居住系サービスにおける介護・看護職員の配置は原則として「3対1(入居者3人に対して介護・看護職員1人の配置)」を最低限の人員基準としています。【高野龍昭】

しかし、昨年12月、内閣府に設置されている規制改革推進会議の作業部会(医療・介護ワーキング・グループ)で、介護業界最大手の事業者が「ICT/DX技術などを活用すれば、介護付き有料老人ホームなどの職員配置は『4対1』も可能」という提言を行いました


この提言は、内閣府や経済産業省などの規制改革を主導する府省では肯定的に受けとめられています。そのため、次期介護保険制度改正に向けて一定の影響を及ぼすことは明らかであり、厚生労働省の審議会(介護保険部会:2022年7月25日開催)でも議論の俎上に載せられています。


これについて、介護サービスの関係者・実践者はほとんどが「介護の質が低下する」「大反対」「まずは介護に携わる『人』が集まるような施策を優先せよ」という反応をしています。


確かに、人員基準は「3対1」にもかかわらず、実践現場の実態(全国平均)として、特養ホームでは「2.0対1(ユニット型1.8対1・ユニット型以外2.2対1)」、老健施設では「2.2対1」となっており、「人員を加配している」状況にあります。そして、それでも「現場の人手は足りていない」という実感のなかでは、多くの介護関係者がこれを否定的にとらえる事情はよく理解できます。


しかし、こうした「ICT/DX化による生産性向上」の賛否の議論の際には、社会的な状況、特に人口構成の変化の推計などを冷静に踏まえておくことが欠かせません。


■ 介護職員はどれだけ必要か


厚労省の資料をみると、介護職員数は2010年度に約143万人だったものが、2019年度には約211万人へと増えており、10年ほどの間に約47%の増加率を示しています。


同じ期間の要介護認定者数(2010年:約506万人→2019年:約669万人)の増加率は約32%、20歳から64歳の人口(2010年:約7,564万人→2019年:約6,970万人)の減少率は約8%となっているなか、この数値だけからみれば、介護人材確保は一定の成果をあげていると言ってよいでしょう。


一方、厚労省は、2040年に必要となる介護職員数を約280万人(2025年:約243万人)と示しています。2019年の介護職員数をベースとすると、この先21年の間に約33%の増加を図る必要があります。これは前述した過去のペースからすれば、これまでの人材確保策をブラッシュアップしながら継続していくことを前提とすれば、達成可能だと思える数値です。


■ 急速に進む労働力人口の減少


しかしながら、これまでとは異なる社会情勢が、この先に待ち構えています。それは人口減少、とりわけ労働力人口の急減です。


前述したとおり、2019年の20歳から64歳の人口は約6970万人です。しかし、2040年のその年齢階層の人口は約5543万人と推計されており、21年の間に労働力人口が約20%減少することとなります。この減少のペースのなかで介護職員を同じ期間に約33%増加させることは、極めて難しいでしょう(図)。

《「介護職員の必要数」は確保可能か? 》

おそらく、遠からず「どんなに処遇改善(給与の増額など)をしても、どんなにイメージを改善しても、これまでのようには介護人材を確保できなくなる日が到来する」ことになるでしょう。これは絵空事ではないと受けとめる必要があるとともに、介護・福祉、そして医療の分野に限らず、国内のすべての業種で同様の事態に陥ることとなるはずです。


さらに言えば、介護・福祉や医療分野の人材は、社会保障制度の公共的サービスの従事者であり、「所得の再分配」「富の再分配」による「分配」のなかで働く人材です。経済学的に考えて、資本主義社会である限り、すべての労働者がこの分野で働くことになれば、経済社会が成り立ちません。私は経済学には詳しくありませんが、おそらく、それは労働人口の2割程度が限界なのではないかと想像しています。実際、総務省の調査をみると、雇用者に占める医療・福祉従事者の割合は、2002年に約8.4%だったものが、2017年には12.3%に上昇しています


■ イノベーションの必要性


では、「介護人材が確保できなくなる日」に向けて、私たちはなにができるのでしょうか。そのひとつが、介護分野にイノベーションを起こすことであり、ICT/DX化を進めて「生産性向上」を図ることでしょう。


つまり、「少ない介護人材で多くの高齢者に対応できるような新しい技術を導入する」ということです。もちろん、その際に、介護の質を保ち、高齢者の尊厳を損なうことなく、介護事故も防止する、などということは大前提となります。


イノベーションという概念を提唱した経済学者のJ.A,シュンペーターは、この概念を「新結合(従来の仕組み・手法などに対し、新しい技術や考え方を取り入れて新たな価値を生み出すこと)」と説明するとともに、「馬車はいくらそれを連ねても、汽車にはならない」と比喩しています。


このシュンペーターの指摘からは、専門職の手と目で懇切丁寧に行うものとされている介護に、ICT/DXなどの他分野で開発された新しい技術を結合させて、人口減少局面にあるなかでの新たな価値を見い出す必要がある、と示唆されます。


■ 生産性向上の重要性


このように考えていくと、介護分野でのイノベーション・生産性向上の議論は極めて重要だということがわかります。


冒頭の「4対1」の議論もその文脈のなかで生じたものと言えるでしょう。これについての賛否の議論はこれからだとしても、これからのわが国の人口減少局面における介護を、イノベーションによって変革させようという動きとして注目をしておくことは不可欠です。


なお、生産性向上の必要性という文脈では、LIFE(科学的介護情報システム)などのデータ利活用による介護の技術的な改革でその意味を見出すこともできます。更には、いわゆる総合事業(介護予防・生活支援サービス事業)で介護専門職以外の人々にサービスを担ってもらおうという動向も、同じ意味合いが含まれているとも言えます。


これらを含め、生産性向上の議論を深めていくべきでしょう。

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