介護テクノロジーの有効活用、最適解は「地道に泥臭く」 広島県の先進事例 カギを握る“対話の力”
介護現場の生産性向上はフェーズが変わった。その目的や重要性を広く周知する局面から、取り組みをどう成功させるかを追求する局面へ移行した。テクノロジーを導入することの必要性も浸透した今、多くの事業所・施設が直面しているのは「いかに有効活用するか」という本質的な問いだ。【Joint編集部】
こうした課題の解消に向けて、社会福祉法人広島県社会福祉協議会が主導する「介護DX先進モデル施設育成事業」(広島県委託事業)が注目を集めている。
モデルに選定されたのは、社会福祉法人尾道さつき会の特別養護老人ホーム「星の里」(尾道市)だ。事業を通じて業務の効率化、負担軽減の効果を出し、そこに至るまでの様々なノウハウも蓄積。得られた知見を県内全域へ波及させていく取り組みを、県社協とともに献身的に進めている。担当者に話を聞き、取り組みの全貌に迫った。
◆ ワークフロー全体に及ぶ業務改善

「星の里」が示す生産性向上のデータは雄弁だ。
施設は回廊型の構造で、1周は約200メートル。夜勤で1晩に約1万4000歩も歩くなど、職員の身体的な負担が非常に重かった。
この課題に立脚し、「職員が壊れないようにする。働きやすい環境を作り、人間にしかできないケアの提供に集中する」という目的を持って、見守りシステムの導入に踏み切った。
昨年度にインフラ整備と併せて見守りシステムを全70床へ導入。これにより夜間の訪室回数は半減した。以前はコールが鳴るたびに居室へ駆けつけていたが、手元の端末でリアルタイムの映像やアラートを確認できるオペレーションへ変革した。
空振りの訪室や職員の歩数は劇的に減少。導入からわずか2ヵ月弱で、夜間の「定期巡視ゼロ」を達成した。職員の約7割が負担の軽減を実感している。

また、AIがシフトを自動で作成するシステムの効果も大きい。
従来はフロアリーダーが頭を悩ませ、Excelでのシフト作成に月14時間以上を費やしていた。システム導入後は平均で約8時間半となり、6時間近い短縮に成功。現在はより短時間でスムーズに完成する環境が整い、時間外勤務の圧縮などに直結している。
このほか、尾道さつき会の挑戦は多岐にわたる。
法人の独自財源も組み合わせ、昨年度だけでインカムやAIボイスレコーダー、送迎支援システム、クラウド型ワークフローシステムなど計9つのテクノロジーを同時並行で導入。「ツールを1つ入れるごとに、既存の業務を2つから3つやめる、統合する」という思想のもと、各サービスのワークフロー全体を包括的に見直している。
◆ 失敗から得た数多の教訓

最初からすべてが順調だったわけではない。取り組みを牽引する本部人事課の宮地公平氏は、現在の成果の礎には多くの「苦い失敗体験があった」と明かす。
例えば、かつて外部視察で好感触を持った機器を導入した際に、PDCAの仕組み作りやチームビルディングを十分に行えておらず、最終的にうまく活用されないまま倉庫行きになった経験がある。新たなテクノロジーを入れることばかりに意識が向き、直前になって基本的な導入環境の不備が発覚したケースもあった。
「テクノロジーは有用だが魔法の道具ではない。過度な期待を抱いて目的もないまま導入すると、現実とのギャップから『やっぱり使えない』というジャッジに至り、それが定着を阻害する要因にもなる」
宮地氏はこう振り返った。テクノロジーの導入はあくまで手段でしかない。自分たちが何をしたいのかを言語化し、PDCAを回し続けることが重要だと語る。
新たなツールを導入した初期段階では、環境移行にともなう二重作業や操作の不慣れもあって一時的に生産性が落ちてしまう「U字の法則」が存在することも、事前に周知しておくべき必須の前提知識だと説く。
◆ 小さな違和感を見過ごさない

宮地氏は、「生産性向上やテクノロジーの活用と聞くとスマートな印象を受けがちだが、実践プロセスは極めて泥臭い地道なもの」と強調する。取り組みがうまく進み始めた転換点を問うと、職員が小さな違和感を見過ごさなくなったことだと答えた。
例えば、どの職員がどのスマホを持つべきか分からない、スマホの充電ができていないといった“現場しか気付けない課題”は多く存在する。しかし、目まぐるしく動く介護現場では、目の前の業務に追われ、違和感や課題が置き去りになりがちだ。
そこで、DX委員長を含むコアメンバーが週1回・15分の短いミーティングを行い、現場が感じた小さな課題を1つずつ解消していく仕組みを作った。これを積み重ねるうちに、職員が自ら改善策を考えて実行するようになっていったという。
職場のチーム作りの工夫もある。DX委員会の委員長には、あえて役職を持たない一般の介護職員を抜擢。管理職やリーダークラスはマネジメント、サポートにあたるようにした。また、法人本部の職員がスケジュール管理を担うことで、ミーティングが滞りなく継続されるように配慮している。
介護職員が主役となるチームを作り、それぞれが主体的に運用を改善する当事者意識を持てるようにする。それが大きな推進力になるという。
◆「これからが本当のスタート」

他の地域と同様に広島県も人手不足が深刻だ。
県社協で介護職場サポートセンター所長を務める坂原邦彦氏は、「介護サービスの維持そのものが困難になりかねない」と危機感を募らせる。期待される役割が広がり、こなすべき仕事や責任が増えていくなか、リーダークラスがバーンアウトしてしまうケースもみられるという。
坂原氏は、「新たな人材の確保は重要だが、同時に今いる職員を守り、安心して働き続けられる環境の整備も極めて重要。現役世代が減っていくことを考えると、むしろ後者の方を優先すべき局面にあると言えるのかもしれない」と語り、こう強調した。
「生産性向上、テクノロジーの有効活用は、そのための最も強力な手段だ」
この育成事業のゴールは、尾道さつき会という法人をより強固に育てることではない。ここでのつまずきや成功から得られたリアルな知見を、県全体で生かせるノウハウとして広く波及させていくことだ。

5月からは、尾道さつき会の事業所・施設で県内の事業者らを集めて見学会を開催。すでに11月まで予約が埋まる盛況ぶりだ。参加者の意識は高く、やはり「どう活用し、どう定着させるか」という運用面に関心を寄せるという。
「星の里」の山下清文施設長は、「育成事業としてはこれからが本当のスタート。自法人だけが良くなるのではなく、しっかり横展開して広島県全体に広く貢献したい」と意欲をみせた。
目的は明確だ。地域の介護サービス提供体制を持続可能なものとすること。テクノロジーに踊らされず、人と組織の変革に実直に向き合う広島県の泥臭い軌跡は、同じ壁に直面する全国の現場にとっても確かな道しるべになるはずだ。








