2023年9月27日

介護報酬改定、老施協の目指すこと 基本報酬アップと処遇改善に注力 「物価・賃金スライド」の導入も

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《 左:結城康博教授|右:全国老施協・大山知子会長 》

介護業界に強い逆風が吹いている。


コロナ禍の影響が依然として残るなか、物価の高騰が重なってコスト増に拍車をかけている。他産業で目覚ましい賃上げが実現したことも大きい。人材確保の競争は一段と不利になり、これまで介護現場を支えていた職員が流出する悪い流れが生まれた。介護施設・事業所の経営は今、かつてないほど厳しい状況に追い込まれている。【Joint編集部】

関係者が望みを託すのは、来年4月に迫る次の介護報酬改定だ。政府が大枠の方針を決定するのは今年末。議論はあと2、3ヵ月で大きな山場を迎えることになる。


そこで、有力団体の全国老人福祉施設協議会に率直な話を聞けないかと考えた。正念場の報酬改定にどう臨むつもりなのか。今年6月に就任したばかりの大山知子会長に、淑徳大学総合福祉学部の結城康博教授から踏み込んだ質問をぶつけてもらった。


◆「なんとしてもプラス改定」

《 全国老施協・大山知子会長 》

結城:改めまして会長ご就任おめでとうございます! 早速ですが、今どんなことに力を入れて取り組んでいますか?

大山:ありがとうございます。やはり来年度の介護報酬改定に向けた活動を最優先にしています。就任していきなりの大一番ですが、あまり時間もないので悠長なことは言ってられません。これから各方面への働きかけを更に強化していくつもりです。とにかく必死になって汗をかいて、私の職責を全うしていこうと考えています。

結城:次の報酬改定の目標というか、目指すのはどのような結果ですか?

大山:まずは全体としての介護報酬の引き上げ、いわゆる「プラス改定」です。これはなんとしても実現しなければいけません。もしマイナス改定や現状維持になるようだと、介護現場は本当に崩壊していってしまいます。それくらいの強い危機感を持って戦っていきます。

結城:プラス改定は絶対に守ってほしいラインですね。ただ、本当は少なくともプラス1%くらいは上げて頂きたいところですが…。大山会長は今の介護現場の状況をどうみていますか?

《 結城康博教授 》

大山:既に特養の4割が赤字という調査結果が公表されていますが、足元では更に厳しい数字になっていると危惧しています。もともとコロナ禍の苦しい状況が続いていたわけですが、特に最近の物価高騰が非常に痛いです。光熱費などの出費が大きく膨らんでしまいました。

今さら詳しい説明は不要かと思いますが、人手不足も危機的な状況と言わざるを得ません。これはどの産業も似たような状況にあり、介護業界も以前より厳しい競争にさらされるようになりました。貴重な人材が他産業へ流出していくような事態は、なんとしても早く食い止めなければいけません。

だからこそ、介護報酬の引き上げがどうしても必要だと訴えています。そうでないと、先程も言いましたが介護崩壊が本当に現実になってしまうと強く懸念しています。

結城:職員の処遇改善は急務ですね。老施協としても、そこを全面に押し出していく必要があるのではないでしょうか?

大山:もちろんそのつもりです。既存の加算の拡充、簡素化などが重要なことは言うまでもありません。

ただ、コロナ禍や物価高騰などで経営そのものの維持が難しくなってしまっている以上、各サービスの基本報酬の引き上げも欠かせません。職員の賃上げ、職場環境の改善、現場の生産性の向上などを確かなものとしていくために、全体としての報酬の引き上げを強く求めていきたいと考えています。

《 左:結城康博教授|右:全国老施協・大山知子会長 》


◆「3年に1度の改定では追いつかない」

結城:そのほか、次の報酬改定に向けて働きかけていくことはありますか?

大山:我々が重視している施策の1つが、介護報酬の「賃金・物価スライド」の導入です。これは少し説明させて下さい。

介護保険制度は2000年に発足したわけですが、図らずもこれまでずっとデフレ経済の下で運営されてきました。一部の例外を除いて賃金・物価の変動は大きくなかったので、報酬改定も3年に1度のサイクルで特に問題は生じなかったですよね。

ただ、今や時代は変わりました。賃上げの機運がようやく高まり、国もそれを維持しようと尽力しています。今年は最低賃金の上げ幅も全国平均で過去最大となりました。物価の上昇も続いており、日本は既にインフレ経済に移行しつつあると指摘されています。

当然、公定価格の介護報酬もこうした変化に対応していかなければいけません。毎年のように賃金・物価が上がるなら、従来通りの3年に1度の報酬改定ではとても追いつけません。そうなると職員の処遇改善は遅れ、施設・事業所の経営はより厳しい状況に追い込まれてしまうでしょう。

《 全国老施協・大山知子会長 》

ですから、賃金や物価の上昇率に応じて介護報酬が自動的に上がる「賃金・物価スライド」の導入を提案しました。かなり思い切った要望のように受け止める方もおられますが、こうした仕組みを導入しないと今後は介護施設・事業所の経営が成り立たなくなると考えています。

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結城:老施協としては本気で導入を求めていく、ということですね?

大山:もちろん本気です。国の審議会には既に要望書も提出しました。軽い気持ちでそんなことはできません。介護施設・事業所の経営はそれくらい差し迫った状況にある、と捉えて頂ければありがたいですね。

インフレ経済に入っていく以上、できるだけ早期に「賃金・物価スライド」を具体化すべきです。経費がどんどん上がっていくのに介護報酬は3年間まったく動かさない、なんておかしいでしょう。


◆「国民の理解も不可欠」

《 結城康博教授 》

結城:大山会長のおっしゃることはよく分かりました。ただ、実際にはかなり厳しい議論になるのではないでしょうか。例えば少子化対策や国の防衛など、他の分野でも支出の大幅な拡大が検討されています。財政が厳しく、国民の関心が必ずしも高いとは言えないなかで、十分な理解を得られるでしょうか?

大山:とにかく積極的に発信していくしかありません。少子化対策などは確かに重要ですが、介護・高齢者福祉が社会にとって負担でしかないような印象を持たれては困ります。言うまでもなく、介護サービスが行き届かなければ介護離職など経済的にも大きな損失が出ます。その辺りをしっかりと発信していきたいです。

とはいえ、おっしゃるように理解を得ていくのは簡単なことではありません。老施協の会長として重い責任を感じます。いくら頑張ったとしても、結果が出なければ厳しい評価を受けるのがトップの宿命です。とにかくできることをやっていく、行動していくしかありません。

少しでも多くの関係者の賛同を得られるよう、地方での地道な活動も含めてあらゆる手を尽くします。他の関係団体とも足並みを揃え、介護業界で一致団結して各方面へ強く働きかけていきたいと考えています。

結城:そうですね。私は更に、広く国民を巻き込むムーブメントを作っていくことも重要ではないか、と思っているところです。

例えば、国の介護費を年間13兆円と仮定すると、介護報酬の1%アップには毎年およそ1300億円の新たな財源が必要となります。当然、保険料やサービス利用料といった国民の負担も増えることになります。それを受け入れて頂き、「やっぱり介護業界にお金を入れるって必要なことだよね」という認識が広がれば、政府も態度を変えてくれるのではないでしょうか。

《 左:結城康博教授|右:全国老施協・大山知子会長 》

大山:そうですね。介護報酬の引き上げを国民の皆様に納得して頂けるような仕事に率先して取り組む、というのはとても大切なことですね。税や社会保険料の負担は増え続けているので、我々も相応の厳しい目を向けられるのは仕方ありません。

介護現場を守ることは、つまりこの国の福祉を守ることです。日々の生活で支援を必要としている高齢者らはもちろん、いわゆる「介護離職」を防いで労働者の働く環境を守ることにもつながります。そうした発信を粘り強く行うとともに、期待される役割を果たせるよう努めていく必要があるでしょう。

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◆「情報発信も強化すべき」

結城:率直に言って、老施協は社会への発信と言うか、PRの仕方、見せ方が上手ではないと思います。大山会長にはその辺りの改善も期待しています。

大山:ご指摘はごもっともですね…。それは業界全体に言えることかもしれませんが、日頃から企業のような競争に慣れていない我々は特にそうかもしれません。

例えば、社会福祉法人は様々な地域貢献の活動を広く展開しているわけですが、優れた取り組みでも敢えて自ら強調しない、控え目に当たり前のことのように振る舞う、という態度を美徳とする面があるんです。それが長い歴史の中で築かれてきた我々の良さ、とも言えるんですが…。そうした持ち味を失わないことも大切にしつつ、やっぱり発信力は改善点の1つだと思います。

《 結城康博教授 》

結城:社会福祉法人は採算の取れない事業だって沢山していますよね。経営的には撤退した方がいい事業でも、地域住民のために残しているケースも少なくありません。特に地方では雇用面でも非常に大きな役割を担っています。

多くの国民はその価値に気付いていない、あるいは忘れてしまっているのではないでしょうか? 発信の仕方を変え、イメージアップというか、正しい認識を持ってもらうことに力を入れて頂きたい。

大山:そうですね。心の中で「みんな気付いて」「分かって」と祈っているだけでは伝わりませんよね。

我々は民間企業のうまさも学ばなければいけません。介護サービスの質、地域貢献の取り組みの成果などには一定の競争意識があるのですが、発信力についても同様に競争意識を持っていければいいですね。今後はそうした取り組みがますます重要な時代になるでしょう。

介護現場は女性が多く、既にかなり多様性に富んだ職場でもあります。様々なバックグラウンドを持つ人が活躍している舞台であり、世代を超えて、国籍を超えて、多くの価値観を認め合う先進的な取り組みも行われています。

初の女性会長、という私の特性も強みにして、そうした介護現場の魅力、素敵な独自カラーもPRしていきたいです。変革には反発や抵抗がついてまわるものですが、地道な働きかけで着実に意識を変えていければと思います。

《 左:結城康博教授|右:全国老施協・大山知子会長 》


◆「みんなの声を集めれば力になる」

結城:期待しています。介護現場を守っていくことには大きな価値がある − 。私はそう信じています。最後に大山会長から、今日も介護現場を支えている皆さんへのメッセージを頂きたいと思います。

大山:はい。そうですね…。今、介護施設・事業所の経営は非常に厳しい状況へと追い込まれてしまいました。

我々は何としても現場を守りたい、サービスを守りたい、この国の福祉を守りたいという思いから集まっています。次の報酬改定に向けて、各方面へ強く働きかける活動を展開していくつもりです。

その時に大きな力を発揮するのが「数」です。介護現場に関わるみんなの声を集約することが重要で、それが広く国民の、政府の理解を得ていくことにつながるでしょう。賛同して下さる皆さんには、ぜひ我々の活動にご協力頂ければ幸いです。


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