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2024年5月2日

岐路に立つ介護支援専門員 業務範囲の明確化で「愛されぬ専門職」になる懸念も=高野龍昭

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《 東洋大学 高野龍昭教授 》

1.ケアマネジメントに関する新たな検討会が始動


先月、厚生労働省に「ケアマネジメントに係る諸課題に関する検討会」が新設されました。この検討会は「ケアマネジメントの質の向上や人材確保に向けた制度的・実務的な論点について包括的に検討を行う」ことを目的としており、「ケアマネジャーの業務の在り方」なども議論されることになっています

ここでの議論は、おそらく次の介護保険制度改正(2027年度施行)に直接的な影響を及ぼすはずです。1997年に成立した介護保険法によって資格制度化された介護支援専門員の位置付け・業務内容が、30年目にして大きな変貌を遂げる可能性があると言ってよいでしょう。


しかし、私は、この検討会での議論、あるいは実践現場の介護支援専門員の意向・意見の内容次第では、介護支援専門員が「愛されぬ専門職」となってしまうのではないかという危惧を抱いています。


2.「愛されぬ専門職」とは


(1)ソーシャルワークの歴史と「愛されぬ専門職」


「愛されぬ専門職」という言葉はソーシャルワークの歴史を勉強する時に誰もが必ず学ぶもので、社会福祉士・精神保健福祉士であれば知らない人はいないでしょう。

1960年代から70年代の米国で、ソーシャルワークに対する批判が繰り広げられ、その中で指摘されたキーワードのひとつです。


その時期の米国の多くのソーシャルワーカーは、心理療法的な相談面接に傾倒し、神経症やうつ状態などの治療的な技術を専門性の拠り所とし、報酬・対価を得ていました。


それによってソーシャルワーカーの社会的評価は向上した一方、その専門分野以外の業務、例えばクライエントが失職して生活困窮にあえぎながら暮らしている生活環境に目を向けること、スラム街に住まざるを得ない環境を軽減するための社会福祉施策・住宅政策、篤志家による慈善事業や市民の自発的な支援活動に結びつけることなど、ソーシャルワーク本来の業務を怠るようになっていました。


その結果、クライエントの抱える生活困窮の問題や劣悪な生活環境は一向に改善しない、といったケースが散見されるようになっていたのです。

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このことを告発した書籍「ソーシャルワーク~愛されぬ専門職(W.リシャン・A.メンデルスゾーン著)」が1973年に発刊され、この「愛されぬ専門職」というキーワードが、70年代後半以降の米国のソーシャルワーク機能とその専門性の見直しにつながったという歴史があります(註1)。


また、その少し前の時期に、米国のH.パールマンは、貧困にあえいでいる母子世帯に関わったソーシャルワーカーが「(その母親は)心理的にも身体的にも問題はなく、支援の必要性はない」と扱ったケースがあることを嘆き、「ケースワークは死んだ」という論文(註2)を発表しています(1967年)。


いずれも、米国のこの時期のソーシャルワークが、心理的な領域のみに専門分野を狭め、地域内での生活状況や社会関係などに注目することを専門外の取り組みとする傾向を強めたため、そうした姿勢や業務内容が「愛されぬ」「死んだ」と批判されたことを示しています。

(2)ケアマネジメントの歴史


ケアマネジメントの原型であるケースマネージメントが出現したのは1970年代の米国だとされています。偶然にも、ソーシャルワークへの批判が沸き起こった時期・地域と一致していることに、私は関心をもっています。


米国のケースマネージメントは、精神障害者の地域生活・自立的な生活を拡大するため、公立の精神科病院の病床の半分を閉鎖する施策が60年代後半に始まったことに端を発し、発展していきます。


長く入院を続けている精神障害者は家を失っているケースが大半です。家を借りようとしても、地域の住民から疎外されます。そこで、ソーシャルワーカーや地区看護師(日本の保健師と同様の役割をもつ看護職)、作業療法士などがケースマネージャーとなり、自分たちの専門分野外である住宅確保の支援や地域住民との対話を始めます。


そして、住まいが確保できた精神障害者が退院する際には、その地域の中にケースマネージャーの拠点を設置し、そのクライエントの全てのニーズに対応した包括的な支援策をプランニングします(註3)。実際には、医療や社会福祉サービスのプランニングのみならず、クライエントの状況によって、たとえば障害年金や各種補助金の受け取りに向けた金融機関の口座開設も支援します。


また、様々な行政手続きの方法、スーパーの店員とのコミュニケーションの取り方、掃除や洗濯の仕方など、日常生活をうまく送るための具体的生活行為の助言を、専門分野であるかどうか、業務内か業務外かといったことを問わない形で行います。

こうした居住の支援と包括的・学際的な支援を複合的に行うことがクライエントのQOLを高め、社会参加を促し、医療機関への再入院や施設への入所を避けることにつながると分かり、ケースマネージメントがクライエントの世代や属性を問わない有効な支援策と評価されていきます。なによりも、ノーマライゼーションの実現や自立生活の支援にも効果がある唯一無二の支援システムであることが認知されていきます。

このケースマネージメントが80年代後半に英国へと伝播し、実践と政策的研究が深まります。そして、ケアマネージメントと名称を変え、90年代はじめには全ての基礎自治体で保健・福祉全般の相談支援がこの方法で実施されることになります。これがわが国の介護保険制度に影響を及ぼし、居宅介護支援事業所・介護支援専門員(ケアマネジャー)の業務に取り入れられて今日に至っています。

(3)米国のケースマネージメントの実相と「伴走型支援」


私は、前述のようなことに興味をもち、20年ほど前に米国のケースマネージャーの拠点を訪問してインタビュー調査をしたことがあります。

その時に最も印象的だったのは、精神障害者を支援している男性のケースマネージャー(大学院修士課程修了のソーシャルワーカー)が「今、クライエントの家を訪問して、ゴキブリを一緒に退治してきたところだ」と言ったことです。

私が「大変ですね」「でも、なぜそんな支援を?」と尋ねたところ、「クライエントがゴキブリを退治できないと、そのネガティブな出来事が悪い刺激となって、精神症状を悪化させるはずだ」「症状の悪化から入院に至ることを避けるために、一緒にゴキブリを退治したんだ」と胸を張って説明してくれました。


それを聞いた私が「それは事業所のルールなのか?」と尋ねたところ、「ルールではないが、少なくともこの地域のケースマネージャーの全員が当然の仕事だと思っているはず」「そういうことを支援しないと、行政当局や医療機関の、なによりもクライエントの信頼を失ってしまう」と答えてくれました。


別の女性のケースマネージャーは、クライエントが友人と外出する際、着ていく洋服に迷っていると相談があり、それに応じたと言います。その理由は「迷っている間に友人が迎えに来るようなことになると、その失敗経験が精神症状を間違いなく悪化させるから」と答えていました。


こうした生活上の全てのニーズに応えようとする相談支援の方法は、今日の「伴走型支援」と言ってよいのだと思います。

3.「手続き代行業」になりかねない


最近のわが国では、ケアマネジャーの業務の在り方をめぐって、各地の介護支援専門員や学識者の意見、要望として次のようなものがみられます。

◯ ケアマネジャーの報酬は給付管理業務とケアプラン作成によって発生するのだから、それに関連しない業務は全て業務外とすべき。


◯ 介護保険の関係法令や運営基準に記していない業務を、ケアマネジャーに頼まれる筋合いはない。


◯ 利用者の家族が若年の障害者である場合、ケアマネジャーはその障害者の支援についての知識もないし、対応はできない。


◯ 訴えの多い利用者について、月1回のモニタリングの訪問時以外に相談するのは「シャドウ・ワーク」だからやらなくて良いと思う。

いずれも筋の通った発言だと思います。こうした発言に影響を受けながら、検討会での議論が進むのかも知れません。


ただ、そうして「業務内」「業務外」、「専門分野の中の業務」「専門分野の外の業務」、あるいは「やるべき業務」「シャドウ・ワーク」といった形で、ケアマネジャーの業務がクリア・カットに仕分けられるのだとしたら、私の懸念は一層大きくなります。


前述した通り、米国の70年代前後のソーシャルワークは、ソーシャルワーカーが自分たちの専門分野を狭め、地域に出ることを止め、報酬の直接的対象であるとともに専門性の評価を高く受ける「相談室の中だけの相談」に終始した結果、クライエントに不利益を発生させ、社会的評価を下げ、「愛されぬ専門職」「死んだ」と批判されたのです。


今般の新たな検討会での議論が、各地の介護支援専門員の意見に沿う形で進み、介護支援専門員の業務が無機質に「専門分野」「専門外の分野」と切り分けられることになるのであれば、米国の70年代のソーシャルワーカーと同じように、わが国の介護支援専門員は「愛されぬ専門職」となっていくのではないでしょうか。


そうしたケアマネジメントは、もはやケアマネジメントではなく、対人援助サービスでもなく、単なる「介護保険の利用手続き代行業」となるでしょう。


そうではなく、米国のケースマネージャーのように、ゴキブリの退治をクライエントと一緒に行い、外出時の洋服を一緒に選ぶような「専門外の業務」「シャドウ・ワーク」を含めた業務が、ケアマネジャーの「専門的な業務」であると包括的に評価されるための検討が必要です。


そのうえで、私は、そこになんらかの社会保障制度の財源から適切な報酬が支払われるような仕組みが検討されることが必要なのだと考えています。

【註】
(1)秋山智久『社会福祉専門職の研究』pp98-99,ミネルヴァ書房,2007


(2)仲村優一他(訳)「ケースワークは死んだ(全訳)」『社会福祉研究』第8号,pp84-89 ,鉄道弘済会,1971


(3)新版社会福祉学習双書編集委員会(編)『ケアマネジメント論』pp2-4,全国社会福祉協議会,2008


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