【高野龍昭】限界を迎える中山間・人口減少地域 介護サービスの持続可能性を考える
1. はじめに
20年ほど前のことになりますが、私は、島根県の中山間・人口減少地域を主なエリアとする居宅介護支援事業所に勤務するケアマネジャーでした。【高野龍昭】
「ポツンと一軒家」のような山深い場所に住む、独居高齢者の1件のモニタリング訪問のためだけに、半日を費やすことは珍しくありません。片道20kmを超える距離だけでなく、冬は雪道に訪問を阻まれ、夏は途中でイノシシやマムシに遭遇することもあります。介護サービスを経営的観点からみたときには、まったくもって非効率的な地域です。
また、水道が整備されていない地域のため、その高齢者は山の湧き水で生活しています。しかし、渇水期には毎年のようにその水源が枯れてしまいます。
そこで私は、ケアプランに「水道設備が整備され、『水』に不自由しない生活を送ることができる」という長期目標を設定し、行政の上下水道関連部署の担当者と協議をしたり、地元の地方議員と話し合ったりするという「シャドウ・ワーク」に、ケアマネジャーの仕事の醍醐味を感じていたりした経験もあります。
2. 介護保険部会の「意見」
その私にとって、介護保険制度の見直しを議論する審議会(社会保障制度審議会・介護保険部会)が昨年末にまとめた意見書で、以下のように指摘されたことは大変に興味深く、感慨深いものでした。
「中山間・人口減少地域においては、利用者の事情による突然のキャンセルや利用者宅間の移動に係る負担が大きく、また、高齢者人口の減少に伴うサービス需要の縮小、季節による繁閑の激しさなどから、年間を通じた安定的な経営が難しく、サービス基盤の維持にあたっての課題となっている」
この指摘によって、今後の制度改正・報酬改定で何らかの改善策が講じられる方向性が示されたことについては、大きな意義を感じます。人口減少地域で実務にあたっている介護サービス関係者にとっても、大変に評価できる施策動向と言えるでしょう。
3. 中山間・人口減少地域での介護サービス提供の実態
私は、こうした中山間・人口減少地域での介護サービスの問題を「要介護高齢者人口密度」という独自の指標を使い、試論として説明することがあります。
これは、人口密度の算出方法である「人口(人)÷面積(㎢)」を、「要介護・要支援認定者数(人)÷面積(㎢)」に置き換えて算出するものです。これによって、介護サービス(とりわけ訪問系・通所系)の提供に関する効率性の地域差の一端を表すことができるのではないかと考えています。
わが国で最も人口密度が高い自治体は、東京都豊島区です。一方、私の出生地である島根県吉賀町は、昨年4月に「訪問介護などの介護サービスを維持することが難しくなっている地域の1つ」として、NHKのニュースで紹介されたエリアです。
この2つの地域について、この「要介護高齢者人口密度」を算出して比較すると、次の図のようになります。参考までに全国の数値も算出してみました。

図表の緑色のマトリックス表の赤く囲んだ箇所を見てください。左側(要介護高齢者人口密度①)は、昨年9月末日の要介護認定者数を総面積で単純に割った数値です。右側(要介護高齢者人口密度②)は、同じく可住地面積(総面積から山林や湖沼などの面積を除き、人が住むのに適した土地のみの面積を表すもの)で割った数値です。
これを見ると、東京都豊島区の要介護高齢者人口密度は900人/㎢を超えています。1km四方に1000人近い要介護高齢者が居住している、ある種の過密地域といえます。
一方、島根県吉賀町については、総面積で割った場合はわずか1.52人/㎢、可住地面積で割っても19.58人/㎢です。1km四方に要介護高齢者は20人もいない地域(可住地面積の場合)ということになります。過疎の極みと言っても良いでしょう。
これをもとにすると、アカデミックではない分析・解釈の仕方を許していただいたうえで言えば、単純計算で、島根県吉賀町での介護サービスの経営効率のポテンシャルは、東京都豊島区の50分の1に留まると言うことができます(総面積で割った数値をもとにすれば、およそ600分の1になります)。
そのうえで、図表のオレンジ色で示したマトリックス表を見てください。これは、2040年の要介護高齢者の推計値をもとに同じ要介護高齢者人口密度を計算したものですが、東京都豊島区と島根県吉賀町の格差はさらに拡大し、全国と吉賀町の格差も拡がることが分かります。
こうした経営効率の格差の問題は、訪問系・通所系サービスに留まりません。現に、島根県吉賀町など島根県西部は全国有数の過疎地域であるため、業界大手の介護付き有料老人ホームは進出していません。これは、高齢者の所得水準に地域差が大きい問題も影響しているでしょう。
さらには、同県内では既存の一部の特別養護老人ホームも、エリア内の要介護高齢者の減少によって、統合・合併が進みつつあります。
4. 中山間・人口減少地域での介護サービスのあり方
今回、審議会でこうした地域のサービス提供のあり方について意見が取りまとめられたことは、大歓迎すべきことです。
しかし、私の試論である「要介護高齢者人口密度」から考えると、(これから何らかの見直し策が2027年度以降に講じられることを前提としても)準市場システムを基盤とした出来高払いを原則とする介護保険制度・介護報酬体系のもとでは、中山間・人口減少地域で介護サービス提供システムを維持することには、必然的な限界があります。
今後、さらにその地域差が拡大することなども踏まえると、もはや介護報酬の額やその体系、人員・運営基準のあり方の問題としてだけで検討していてもどうしようもない、ということです。
冒頭にシャドウ・ワークのことも述べましたが、中山間・人口減少地域では独居の高齢者世帯だけで構成されている集落も多く、それを担う互助も成立しません。たとえば、役場の職員(公務員)や地方議員の定数すら確保できていない地域も珍しくなくなっています。
こうした問題の対応策については、コンパクト・シティ化などの国土と地域のあり方の施策の推進を含め、早急に議論を進める必要があると言えます。










