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2023年3月22日

介護の「生産性向上」は理想のケアを目指すもの 小さな事業所にこそ可能性がある=山口宰

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《 社会福祉法人光朔会オリンピア・山口宰常務理事 》

持続可能な介護システムを構築していくためのキーワードとして、近年「生産性の向上」が注目を集めています。2024年度の介護報酬改定に向けた議論でも、たびたび登場しています。そこで今回は、介護現場の生産性を高めるためにはどうすればよいか、じっくり考えてみたいと思います。【山口宰】

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◆ 介護の生産性向上とは何か


医療・介護人材の不足が深刻化していた2018年、厚生労働省が人材に関するシミュレーションを発表しました。


2040年に必要な人材数を1065万人と想定したうえで、


(1)医療・介護需要が一定程度低下した場合は81万人減
(2)生産性が向上した場合は53万人減
(3)どちらも達成した場合はあわせて130万人減の935万人に抑えることができる


と試算され、「介護現場の生産性向上」が注目を集めました。


最近の介護報酬改定でも、2018年度・2021年度に見守り機器の導入を要件として夜間の人員配置が一部緩和されたことは、記憶に新しいところだと思います。また、「介護サービス事業における生産性向上に資するガイドライン」が作成されたり、地方版「介護現場革新会議」が開催されたりするなど、介護現場の生産性向上に向けた機運が高まってきています。


この背景には、日本の医療・福祉分野の生産性がOECD(経済協力開発機構)38ヵ国の中で最低ランクである、という事実があります。


では、「生産性」とはいったい何なのでしょうか。


一般的に、生産性は「アウトプット(成果)/インプット(単位投入量)」と示されます。単純に言うと、介護労働者1人が生み出す成果を数値化したものとなります。ということは、生産性の低い日本では、より多くの人手を使って「手厚いケアをしている」と考えることもできるかもしれません。


しかし、介護人材不足が深刻化している現在、人手に依存するケアのあり方では、今後も増え続ける介護ニーズに対応していくことはできません。持続可能な介護システムを構築するためには、生産性の向上が不可欠なのです。

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◆ 有効なテクノロジーの活用


私の法人では、介護保険制度がスタートした当初より、大規模な施設ではなく、地域に密着した小規模な事業所を、ニーズに応じて展開してきました。


その結果、ケアの質については高い評価を頂いてきましたが、経営状態の分析を行うと、生産性は非常に低いということが明らかになりました。


しかし、事業形態を大きく変えることは簡単ではありません。現在の組織のままで生産性を高めるにはどうすればよいか、2015年ごろから本格的に検討を始めました。


まず見直したのは介護現場の日常業務です。


どの作業にどれだけの時間を要しているか調べた結果、介護記録に多くの時間が費やされていることが明らかになりました。また、同じ内容を別の用紙に転記することが、スタッフの負担になっていることも分かりました。


そこで、介護記録を電子化するためのプロジェクトチームを立ち上げ、10以上のシステムの中から、タブレットやスマートフォンに対応し、介護記録に特化したシステムを導入することに決めました。


導入に際しては、ICT機器に慣れていないスタッフへの説明やタブレットの管理など課題はありましたが、約80%のスタッフが「業務時間を30分から60分短縮した」という結果になりました。加えて、「利用者とのコミュニケーション量が増加した」「記録内容が充実した」というスタッフの声や、「外出先からも記録が確認できるようになった」という管理職の声も聞かれ、ICT化は生産向上に大いに役立ちました。


また、大阪大学大学院と共同で、各種のコミュニケーションロボットを使った研究も行いました。


その結果、認知症の方がスタッフにこれまでしたことのない話をロボットにしたり、デイサービスの利用者さんたちのコミュニケーションがロボットを介して広がったりする様子が表れました。ロボットがスタッフの代わりになるわけではありませんが、ほんの少しの間でも対応してくれることで、スタッフの働き方が効率的になることが分かりました。


そして、マネジメント層の生産性向上にも取り組みました。この場合、現場での仕事とは異なり現状分析に苦戦しました。


そこでIT企業と協働し、マネジメント層のスタッフがどれだけの時間、どのような仕事をしているのか、1週間分のデータ収集を行いました。


その結果、あるスタッフは成果を上げるための仕事に、別のスタッフはスタッフのマネジメントに多くの時間を割き、また別のスタッフは事務作業に追われている、という実態がデータとして示されました。


これを踏まえ、時間を取られている業務を効率化するシステムを導入したり外部サービスを活用したりして、本来のマネジメントの仕事により注力する環境を作ることができました。

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◆ なぜ取り組みが必要か


では、このような生産性向上の取り組みは、大きな組織や施設に限った話なのでしょうか? いいえ、そんなことはありません。


確かに、かつては介護事業向けのシステムを導入しようとすると高額な初期費用が必要でした。


しかし近年では、サブスクリプションで利用できるクラウドのシステムも増えてきています。見守りシステムや介護記録システム、シフトの自動作成、求人、人材管理、利用者・家族との連絡ツールなど、いま必要なサービスだけをお試し感覚で気軽に使うことも可能です。


私は小さな事業所こそ、こういったシステムを有効活用することによって、生産性を向上できる可能性があると考えています。


介護現場の生産性向上は、決して人材不足を解決する手段だけにとどまりません。


生産性向上のプロセスで、いまの仕事を見直すことによって、より効率的に業務を行ったり、質の高いサービスを提供したりすることができるようになります。また、生産性が向上すれば、生まれた空き時間を利用者さんとゆっくりお話しするために使ったり、スタッフのスキルアップのために使ったりすることも可能となります。


生産性向上の取り組みは、私たちが目指す理想のケアに近づくための近道と言うことができるのではないでしょうか。

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