【高瀬比左子】「自己犠牲のケア」の終焉 まずは自分を大切に 幸せな職員が良いケアを生む
「頑張り続けること」が当たり前になっていないか。
「本当は余裕がない日もあるけれど、現場では踏ん張ってしまうんです」「誰かが休めば大変になるので、自分が頑張るしかないと思ってしまう」
私が主宰する「未来をつくるkaigoカフェ」でも、こうした声をよく耳にします。【高瀬比左子】
介護現場には、利用者さんを大切にしたいという思いがあります。その一方で、責任感の強い人ほど無理を抱え込みやすい構造も、確かに存在しています。
実際、介護現場では慢性的な人材不足が続いています。多くの現場では、「利用者さんのために頑張りたい」という思いと、「もう限界かもしれない」という感覚の間で揺れながら働いている人がいます。
そうした状況の中で、いま大切になっているのが、「職員のウェルビーイング」を軸にした現場づくりです。職員が心身ともに健康で、自分らしく働けること。それは理想論ではなく、介護の質を守り、現場を持続可能にするために欠かせない視点です。
◆ 介護は「感情労働」である
介護は身体を使う仕事であると同時に、「感情」を使う仕事でもあります。
認知症で不安定になっている利用者さんに穏やかに寄り添うこと。看取りの場面で、自分の悲しみを抱えながら家族を支えること。
介護職は日々、自分の感情を調整しながらケアをしています。これを「感情労働」と呼びます。
しかし、感情労働は目に見えにくい分、疲弊が蓄積しやすい特徴があります。
「自分が我慢すればいい」「弱音を吐いてはいけない」
そんな空気の中で頑張り続けると、心は少しずつ消耗していきます。そして余裕を失ったとき、ケアは「人に向き合う営み」ではなく、「作業」に変わってしまうことがあります。
利用者さんの小さな変化に気づけなくなる。優しく接したいのに、その余裕が持てない。それは個人の努力不足ではなく、現場全体の構造に関わる問題です。
◆ いま、求められている「ウェルビーイング」という視点
近年、厚生労働省も職員のメンタルヘルスや働きやすい職場づくりを重視するようになっています。介護現場におけるハラスメント対策、職場環境改善、生産性向上、離職防止などは、国の施策の中でも重要なテーマとして位置付けられるようになりました。
これは福利厚生の話にとどまりません。介護という社会インフラを維持するための、重要な経営課題と捉えられています。いまの若い世代や経験ある職員たちは、「給与」だけで職場を選ばなくなってきているのです。
安心して相談できるか。
人間関係はどうか。
休みを取りやすいか。
自分の人生も大切にできるか。
そうした「働く環境」を重視する傾向が強まっています。人を大切にできる職場でなければ、人が定着しにくい時代になったということです。
職員のウェルビーイングは「コスト」ではありません。良いケアを継続し、現場を安定させるための「投資」です。
職員が安心して働ける環境があることで、利用者さんに向き合う余裕が生まれ、結果としてケアの質や組織の安定にもつながっていきます。
◆ なぜ「幸せな職員」が良いケアを生むのか
介護現場では、職員の状態がそのままケアに表れます。心に余裕があるとき、人は相手の小さな変化に気づけます。
「今日は少し表情が違う」
「なんとなく元気がない」
そうした直感は、心が追い詰められている状態では働きにくくなります。
また、利用者さんは職員の空気感をとても敏感に感じ取っています。職員がピリピリしていると、不穏になったり落ち着かなくなることがあります。反対に、安心感のある声かけや笑顔によって、利用者さんが穏やかになる場面を、多くの介護職が経験しているのではないでしょうか。
つまり、職員の安心感や満足感は、そのままケアの質につながっているのです。
職員が満たされる
↓
良いケアが生まれる
↓
利用者さん・家族が安心する
↓
現場の雰囲気が良くなる
こうした循環をつくることが、これからの介護現場には求められています。
◆ 現場を変えるための3つの視点
では、職員のウェルビーイングを大切にする現場をつくるために、何が必要なのでしょうか。
① 本音を話せる場をつくる
介護現場には、「つらい」と言いにくい空気があります。大切なのは、安心して本音を話せる場です。
「今日の対応は正直きつかった」
「自分のケアに自信が持てない」
そんな言葉を否定せず、「そう感じるよね」と受け止め合えること。感情を抱え込ませないことが、燃え尽きを防ぐ第一歩です。
「未来をつくるkaigoカフェ」でも、14年間大切にしてきたのは、肩書きを外して対話できる場でした。本音を話せる場は、人を回復させます。
②「頑張りすぎ」を前提にしない
責任感の強い人ほど、限界まで頑張ってしまいます。しかし、介護は1人で背負う仕事ではありません。ICTの活用や業務整理を進め、本来の「人と向き合う時間」に集中できる環境を整えることも重要です。
そして、「休むこと」を後ろめたいものにしないこと。休むことは甘えではなく、良いケアを続けるために必要な「プロとしての行動」です。
③ 仕事の意味を共有する
介護は忙しいからこそ、「ただこなすだけ」になりやすい仕事でもあります。その中でリーダーに求められるのは、職員と一緒に「このケアにはどんな意味があったのか」を振り返ることです。
利用者さんの笑顔。家族からの感謝。チームで困難を乗り越えた経験。
そうした小さな積み重ねが、「この仕事を続けたい」という力になっていきます。
◆ まずは、あなた自身を大切にしてほしい
最後に、経営者やリーダーの方に伝えたいことがあります。それは、「まず自分自身を大切にしてほしい」ということです。
リーダーが疲れ切っている現場では、職員も余裕を失っていきます。反対に、リーダー自身が自分の心を整え、生き生きと働いている職場には、不思議と安心感が生まれます。
介護は、本来「自己犠牲」で成り立つ仕事ではありません。人と人が支え合い、喜びを分かち合う、とても創造的で尊い仕事です。
いま求められているのは、「誰かの頑張り」に依存する現場から、「働く人の幸せ」を土台にした現場へと変わっていくことなのだと思います。
心も身体も疲れが出やすい6月。まずは今日、隣で働く職員に「いつもありがとう」と声をかけるところから始めてみませんか。
その一言が、現場の空気を変え、介護の未来を少しずつ変えていくのだと思います。








