【高瀬比左子】人手不足より深刻な「当事者不足」 AIが解けない「正解」と介護職に問われる役割
◆ 教育と介護に共通する、根っこの課題
人手不足。担い手不足。価値観の多様化。教育現場と介護現場は、まったく別の世界のように見えて、実は驚くほど似た課題を抱えています。【高瀬比左子】
教育の世界では今、「子どもたちに何を教えるか」だけでなく、「自ら考え、判断し、行動できる力をどう育むか」が問われています。介護現場でも、同じ問いが生まれています。職員に何を教えるか。利用者に何を提供するか。それだけでは、もう解決できない課題が増えているのです。
今、本当に求められているのは、考える力、対話する力、そして自分ごととして関わる力をどう育てるかではないかと感じています。
◆ 人手不足の先に見えてきた、もう一つの風景
介護業界では長年、人材不足が最大の課題として語られてきました。処遇改善、ICT活用、外国人材の受け入れ、どれも重要な取り組みです。
ただ、私は介護カフェの活動を通じて、少し違う風景も見てきました。
職員数は足りているはずなのに、現場に活気がなく、みんなが受け身になっている組織。一方で、人手が足りない中でも、職員同士が支え合い、利用者や地域住民まで巻き込みながら、前向きな取り組みを次々に生み出している組織。
その違いは、どこにあるのでしょうか。
もちろん人数だけで語れる話ではありません。ただ一つ確かなのは、「人がいること」と「人が主体的に関わっていること」は、まったく別だということ。人数では測れない組織の力が、確かに存在するのです。
◆「正解」が通用しなくなった時代
かつては、経験豊富な先輩が答えを持っていました。教師が正解を教え、子どもたちはそれを覚える。管理者やベテラン職員が答えを持ち、後輩はそれを学ぶ。長らく、その構図で回ってきました。
でも今、家族の形も、生き方も、働き方も多様化しています。高齢者一人ひとりの暮らしも、当然ながら違います。こうすれば正しい、という一つの答えでは、もう対応できません。
介護現場でも、同じ介護度だから同じ支援でいい、という時代ではなくなりました。その人が何を大切にしてきたのか。どんな人生を歩んできたのか。これからどう暮らしたいのか。そこに向き合わなければ、本当の意味での個別ケアは実現できません。
教育も介護も、「正解を覚えること」より「一緒に考えること」が求められる時代に入っています。
◆ 良かれと思って、私たちが奪っているもの
介護職には、優しい人が本当に多い。けれど、その優しさが時に、相手の力を奪ってしまうことがあります。
利用者ができることまで、つい手伝ってしまう。後輩が考える前に、答えを教えてしまう。失敗しないように、先回りしてしまう。決して悪意ではなく、むしろ善意から生まれる行動です。
でもその結果として、自分で考える機会、挑戦する機会が、失われていくことがあります。教育の世界でも、「教えすぎることが主体性を育てにくくする」という議論が続いています。
介護の世界も、同じではないでしょうか。支援とは何か。ケアとは何か。それは、相手の代わりに生きることではなく、その人が自分らしく生きることを支えることのはずです。
これは利用者に対してだけの話ではありません。職員育成も同じです。管理者が答えを持ち続ける組織では、職員はいつしか指示を待つようになります。
一方で、あなたはどう考える?と問いかけられる組織では、職員は少しずつ「当事者」に変わっていきます。働きがいが生まれるのは、実はその瞬間なのかもしれません。
◆ AI時代だからこそ、介護職に求められること
近年、AIの進化には目を見張るものがあります。情報を調べる、文章をまとめる、記録をつくる、スケジュールを管理する。こうした業務は、今後ますますAIが担うようになるでしょう。
介護現場も例外ではありません。ケア記録の作成支援、アセスメントの補助、見守りシステム。業務効率化は、これからさらに進んでいきます。
ただ、AIには決してできないことがあります。
その人の思いに寄り添うこと。言葉にならない不安を感じ取ること。表情の変化から心の揺れを察すること。対話を通して、本人すら気づいていない願いを引き出すこと。そして何より、「あなたはどうしたいですか」と問い続けること。
介護カフェで多くの方と対話をしてきて、いつも感じることがあります。人は、答えをもらったから元気になるのではありません。自分の思いを話し、誰かに受け止められ、自分なりの答えにたどり着いたときに、前に進む力が湧いてくるのです。
これからの介護職は、単に介助技術を提供する人ではなくなっていくでしょう。人生の伴走者として、その人の意思や希望を引き出し、共に支える存在へ。役割そのものが変わっていくのだと思います。
◆「してあげる介護」から「共につくる介護」へ
介護現場では、「利用者主体」という言葉がよく使われます。でも、本当に利用者主体になれているでしょうか。
私たちは知らず知らずのうちに、「こうした方がいいですよ」「その方が安全ですよ」と、自分たちの正しさを差し出してしまうことがあります。
安全は大切です。専門性も必要です。でも、それだけでは人は幸せにはなれません。人が幸せを感じるのは、自分で選び、自分で決め、自分で生きていると実感できるときだからです。
これからの介護に必要なのは、「してあげる介護」ではなく、「共につくる介護」。私はそう考えています。
何か力になりたい、地域とつながりたい、高齢者と関わりたい、そんな思いを持つ人は、地域の中に決して少なくありません。それなのに、私たちはいつの間にか、介護は専門職が担うものと、線を引いてしまってはいないでしょうか。
利用者も、当事者。家族も、当事者。職員も、当事者。そして地域住民も、当事者。みんなで暮らしを支え合う関係性が、今、切実に求められています。
◆ 人材不足の、その本質
介護業界では、人材不足が深刻化しています。でも本当に足りないのは、「人数」だけなのでしょうか。私は最近、足りないのは、もしかしたら「当事者」なのではないか、と感じています。
誰かがやってくれる。誰かが決めてくれる。誰かが解決してくれる。そんな空気が広がっていけば、どれだけ人を増やしても、課題は決して解決しません。
反対に、一人ひとりが当事者として考え、関わり、行動する組織には、自然と活力が生まれます。働きがいも生まれます。そして何より、利用者の暮らしそのものが豊かになっていきます。
教育現場が今、「教えること」から「育てること」へと軸足を移し始めているように、介護現場もまた、「支えること」から「その人の力を引き出すこと」へと進化していく時期に来ているのかもしれません。
◆ ケアの未来を、誰と、どうつくるか
AIが発達し、効率化が進む時代だからこそ、人にしかできない価値が改めて問われています。
それは、知識を伝えることでも、答えを与えることでもありません。人の可能性を信じ、対話を通して力を引き出すこと。その人らしい人生を共に考えること。
介護の仕事は、誰かの人生を支える仕事です。そして同時に、その人自身が「人生の主人公」であり続けられるよう支える仕事でもあります。
人材不足の時代だから、私たちは「支える人」を増やすだけでなく、「関わる人」「当事者」を増やしていく必要があるのではないでしょうか。
介護の未来は、専門職だけでつくるものではありません。一人ひとりが誰かを気にかけ、支え合い、共に生きる社会。その当事者を、一人でも多く増やしていくこと。それが、これからの介護に求められる、最も大切な役割なのかもしれません。











