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2026年8月3日

【高野龍昭】介護人材の確保、万策尽きた過疎地もある 人員配置基準の弾力化など新たな特例を評価する理由

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《 東洋大学 高野龍昭教授 》

1.はじめに


6月25日に「社会福祉法等の一部を改正する法律」が公布され、来年度以降に施行される改正介護保険法の概要が明らかになりました。【高野龍昭】

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今回の法改正によって2027年度から創設される「特定地域サービス・特定地域居宅サービス等事業」については、一部の国政政党やメディア、当事者団体などに根強い反対意見があるようです。


しかし、この施策について、私は「政府が過疎地域の介護サービスのあり方を正面から真剣に考えてくれたのは初めてのことだ」「この新規施策で『救われる』地域と事業所は多い」と高く評価しています。


そう言える理由は、私のルーツが過疎地域(中山間・人口減少地域)にあり、そうした地域でケアマネジャー(常勤・専任)と訪問介護事業所の管理者(兼務)を務めていた経験にあります。


2.島根県のA訪問介護事業所の例


(1)地域の概況


私は島根県吉賀町(旧・柿木村)という過疎化と高齢化が激しい寒村に生まれ、隣接する益田市で介護・医療・福祉の実践を行ってきました。


この益田市は市域の総面積のうち約9割を森林(山林)が占め、1960年代から人口減少に悩んできた自治体で、現在は広大な過疎地域を抱えています。


その益田市の中山間・人口減少地域にあるA訪問介護事業所は、介護保険制度が施行される直前に事業を開始し、今も事業を継続しています。


このA訪問介護事業所は、益田市の山間部・約60㎢の地域を担当しています。この面積は、東京都内で言えば山手線の内側(約63㎢)や世田谷区(約58㎢)とほぼ同じです。しかし、過疎地域のため、同じ地域で事業を営む他の訪問介護事業所はありません。つまり、この広い面積の地域の訪問介護をわずか1箇所の事業所で担っているのです。


現在、この地域の総人口は約1200人、高齢者人口は約600人、要介護高齢者数は150人ほどです。


(2)A訪問介護事業所の経営実態


① 2005年の状況


私がケアマネジャーとして従事していた約20年前(2005年3月)、そのA訪問介護事業所にはホームヘルパーが4名在籍(全員が常勤)していました。その頃の利用者数(実人数)は、40〜50名程度で安定的に推移していました。


全国的には、訪問介護の利用者1人あたり・月あたり費用額は約9万4千円と報告されていますが、私の地元の地域では、訪問系サービスの移動時間・距離が格段に長く、サービスの効率性が下がることから、その金額は約5万円です。


単純に計算すれば、当時のこのA事業所は、月あたりの事業収入が約200万円(40名×約5万円)で、その75%を人件費(法定福利費などを含む)比率とした場合、ヘルパー1人あたり約38万円を使途することができていたはずです。十分とは言えないまでも、事業継続可能なレベルだったと言ってよいでしょう。


② 2024年の状況


ところが、そのA訪問介護事業所の最新(2024年度)のデータを確認したところ、ヘルパーは2.5人(常勤2人・非常勤0.5人)となっていました。人員配置基準の最低レベルと同じです。それと同時に、利用者数は15名前後となっていました。


地域内の人口・高齢者人口・要介護高齢者数などは、いずれも20年前から半減していますから、必然的な変化です。


おそらく、現在は月あたりの事業収入が約75万円(15名×約5万円)、その75%を人件費に充てるとすれば、ヘルパー1人あたり約23万円しか使途できません。利用者数の減少によって人員の配置換えなどをして職員を減員し、なんとか事業を継続している形ですが、実態としては、閉業を検討しなければならないほどの相当に厳しい収支状況と言ってよいでしょう。


もし、このA訪問介護事業所が閉業することになれば、その15名の利用者は自宅での生活を続けることができなくなります。事業所の経営者・法人がこうした意味での使命感をもって事業を継続していることは想像に難くありません。


(3)A訪問介護事業所が生き残るには


① 人員削減は可能か


では、このA訪問介護事業所が事業継続のために、人員を削減することはできるのでしょうか。経営的には、利用者数・事業収入額に比べ、明らかに人員数が過剰と言える実態にあります。実務的に考えても、15名の利用者を2.5名のヘルパーで支援するのは待機時間が長くなり、業務も非効率です。


しかし、現時点でA事業所は、法令上の人員配置基準の最低基準である2.5人の配置となっています。これ以上の人員削減は、人員基準を満たせなくなり、事業所の指定を取り消される事態となります。


逆に言えば、人員配置基準を緩和した運営を認める措置が講じられれば、経営を安定的に継続することができます。


② 利用者数の確保は可能か


別の観点から考えると、利用者を20年前のように増やすことを検討する必要があるかもしれません。


しかし、この地域は後期高齢者の人口だけでなく、要介護高齢者も減少しており、どんなに「営業」を仕掛けても、在宅の利用者はこれ以上存在していません。そして、これからも人口減少が続きます。要介護高齢者も減少していきます。


この地域は川を挟んで津和野町、あるいは吉賀町というエリアですから、それらの自治体と人口動向は類似しています。その実績・推計を図で示しました。


私もケアマネジャーとしてこの地域を回っていましたから事情を熟知していますが、この10年ほどで廃屋が目立って増えました。かつて私が担当していたほとんどの世帯は、市内中心部や他県に移っており、利用者・要介護高齢者がこれ以上は地域に存在していない、という実態にあります。


「介護報酬が上がればなんとかなるはず」という意見もあるかもしれませんが、「利用者1人あたり1回いくら」という出来高払いの介護報酬の単価が上がったところで、利用者がそもそもいないのですから、どうにもなりません。


また、高齢の利用者の場合、急な入院などで訪問・通所サービスのキャンセルが発生しがちです。この地域は降雪地でもあり、冬季などは一時的に老人保健施設の短期入所療養介護を利用し、その期間は訪問サービスを必要としない利用者も少なくありません。

③ 人材確保は可能か


では、訪問介護事業所として他のエリアで「営業」をして利用者を獲得し、売上を伸ばせばよいでしょうか。しかし、そもそも広範なこの地域を越えてサービスを提供することは現実的ではありません。


この地域では、現時点で、ヘルパー1人あたりの業務用車両の走行距離が1日に120km程度に上っています。訪問用車両の運転に要する時間が1日3時間以上に及びますから、訪問可能な利用者数は1日に2〜3件です。移動のコスト(労働時間、燃料費や車両の維持費など)がますます掛かってしまいます。なにより、そうなれば人材確保が必要です。


しかし、中山間・人口減少地域では全般的に所得の水準が低いこともあり、少ない居住者がほぼすべて仕事に就いています。実際、この地域では、75歳を過ぎても定職に就いているのが普通で、専業主婦も若者もほぼ存在していません。生産年齢人口はすでに40年以上前から減少しており、新たな働き手自体も存在していません。


こうした地域で仮に介護サービス事業所が人材を新たに確保しようとすれば、地域唯一のスーパーに勤務している5名の店員さんの1人を引き抜くか、その地域で2台しかないタクシー会社の運転士さん4名の1人を引き抜くか、という選択しかありません。


そうなると、地域の貴重な他の産業・サービスが閉業に追い込まれてしまいます。農業や林業に携わる人が多い地域ですが、そうした貴重な労働力を介護サービスで吸収すれば、耕作放棄地は増え、里山は衰退し、熊や猪による被害が拡大します。


国会では、法案審議にあたって招聘された参考人の中から「過疎地域で人材確保の万策が講じられているのか」と疑義を呈する意見がありましたが、私がその問いを受ければ「もうとっくの昔に万策は尽きている」と喝破するでしょう。


つまり、多くの中山間・過疎地域では「介護報酬や人材確保にお金をつければ『人が来る』」というのは、もはや幻想になっているのです。

NTTデータ記事

④ 市町村による事業運営は可能か


こうした地域では自治体が責任をもって、公務員が介護サービスを提供すべきという意見もあるようです。しかし、私の地元の実態から考えると、それは絵空事に過ぎないと言えます。


私の出生地である吉賀町、益田市の隣接自治体である津和野町などは、役場職員に欠員が増えており、定数の8割程度でなんとか業務を行っている実態があります。募集しても応募がないのです。


とりわけ技術職(公衆衛生・建設など)はそれが顕著で、近隣の市や県から職員の一時的・臨時的な派遣を受けつつ、なんとか既存事業を実施している状況です。


つまり、町村部では地域の中で「役場職員が最も給与が高い」のですが、その役場職員に応募する人すらいないのが現実なのです。これでは市町村が赤字覚悟で介護サービス事業を運営しようにも、「人」がいません。それ以前に、赤字を背負えるほどの財政状況の町村は、少なくとも島根県には存在していません。


過疎地域での人材不足は、もはやここまで来ているのです。


3.まとめ


こうして考えると、A事業所が事業を継続するためには、利用者数15名に相応しい訪問介護員数、たとえば2.0人や1.5人での事業運営が認められることが望まれます。


これはそのまま「特定地域サービス」を意味します。そうした小規模な事業所にとっては、数ケースの利用キャンセルも痛手となりますから、介護報酬が1回あたりの出来高払いではなく、1月あたりなどといった包括的な報酬体系となることも歓迎できます。


さらに、近い将来、A事業所が介護職員初任者研修修了者(訪問介護に従事できる専門職)を地域の中で確保できなくなる時期も来ると思います。そのとき、介護専門職以外の人びとによる訪問サービスが制度化・事業化されることが望まれます。


これはそのまま「特定地域居宅サービス等事業」を意味します。間違いなく、総合事業の「サービス・活動A(専門職以外の人によるサービス)」などと同様のサービスを、要介護5の人にまで拡大する必然性があるということです。


加えて、特定地域居宅サービス等事業の中には、こうした地域でサービス提供を行う際、移動の経費についても、特定地域サービス(保険給付)の報酬分に加え、事業費として支弁する事業が創設されることにもなっています。これは、過疎地などで過度な負担となっている訪問・通所サービスの移動や送迎のコストを補填するものであり、画期的なものです。


このように、過疎地の訪問介護の「リアルな姿」に考え合わせてみると、この新規事業は「なくてはならない存在」です。大きな期待をしたいと思います。


このような自治体ごとの取り組みが制度化されることについて、「全国一律の社会保険制度の原理・原則を損ねるものだ」という意見もあるようですが、それはまったくの「的外れ」です。


介護保険制度は創設時から「地方分権の試金石」とされ、市町村特別給付や区分支給限度額の上乗せによる給付の拡大、種類支給限度基準額による給付の制限を保険者単位で可能としてきた仕組みです。「全国一律ではないことを原理・原則」としている、と考えて良いものです。


さらに言えば、地方自治法のなかで、市町村の介護保険法に基づく事務は「自治事務」とされ、自治体ごとの取り組みが十分に求められている位置づけとなっています。生活保護制度や国政選挙の事務のような「機関委任事務」(政府の業務を自治体が代わって執行する仕組み)とは根本的に異なります。


ここまで「特定地域サービス・特定地域居宅サービス等事業」の創設の意義を述べてきましたが、その一方、この施策で中山間・人口減少地域が「2040年問題」を乗り切れるかどうかということについては、私は懐疑的な印象を禁じ得ません。


中山間・人口減少地域の行く末をイメージすると、2040年を迎えるまでには、さらなる課題が生じ、さらに新たな対策が講じられなければ、「特定地域」などでは介護サービスが枯渇することになるはずです。この意味で、この新たな事業については、継続的な注視が必要です。


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