【和田誠】面会制限を問い直す 一律・長期の運用に感じる違和感 「会うこと」をケアとして取り戻すために
コロナ禍の始まりから、介護施設や病院では利用者を守るために面会制限が広く行われました。当時、未知の感染症を前に、慎重な対応が求められたことは理解できます。職員の皆さんも、大きな不安と責任のなかで、利用者の命を守ろうと懸命に努力されたことでしょう。【和田誠】
感染症法上の位置付けが変わり、社会全体が日常を取り戻していくなかで、面会のあり方も少しずつ緩和されてきました。それでもなお、「予約制で月に1度だけ」「15分以内」「指定された場所で、触れないように」「感染状況にかかわらず原則面会不可」といった運用が続く施設があると聞きます。
◆ 面会とは何か
しかし、私たちはここで立ち止まり、問い直す必要があります。面会とは、いったい何でしょうか。
面会は単なる安否確認やお見舞いではありません。本人にとっては、これまでの人生をともに歩んできた家族の顔を見て、声を聞き、手に触れ、安心を得る時間です。「自分はひとりではない」と感じられる、人としての存在を確かめる時間でもあります。
とりわけ認知症のある人にとって、なじみの家族との関係は特別な意味を持ちます。言葉で十分に気持ちを表せなくなっても、家族の声、手の温かさ、表情、長年親しんできた呼びかけは伝わります。それは記憶を呼び起こし、安心につながり、その人らしさを支えるケアになり得ます。
しかしながら、面会の後に「家へ帰りたい」という訴えが強くなることを理由に、家族との面会を控えるよう求められることもあるようです。確かに、職員にとって対応が難しくなる場面はあるでしょう。
しかし、その訴えは、家族に会えたことで失われていた思いや安心したい気持ちが表れたものかもしれません。「不穏になるから会わせない」とする前に、会えたことを本人の暮らしやケアにどう生かすかを考えたいものです。
家族にとっても、面会はかけがえのない時間です。親の表情や身体の様子を見て、手を握り、日々のケアについて職員と話す。その積み重ねが、安心と信頼を育てます。
家族の目は、職員を監視するためのものではありません。本人の小さな変化をともに受け止め、よりよいケアをつくるための大切な力です。
◆「会えること」を前提としたケアへ
もちろん、感染対策は必要です。状況次第で一定の制限が必要となる場合もあるでしょう。
ただし、感染リスクをゼロにすることだけを目標にして、一律かつ長期に「会わせない」ことが当たり前になってはならないと思います。面会を制限するなら、その必要性を丁寧に説明し、地域の感染状況に応じて見直し、個別の事情にも配慮する。そうした努力が求められます。
介護施設や病院などに入っていても、本人には大切な人と会い、触れ合い、関係を続ける権利があります。家族にもまた、本人とともに生きる時間を奪われない権利があります。
「会うこと」は、ぜいたくでも特別なサービスでもありません。人が人らしく生きるための、ごく当たり前の営みです。面会を制限することの重さをあらためて受け止め、本人と家族の声に耳を傾けながら、「会えること」を前提にしたケアへと進んでいきたいと思います。









